仕事場の谷川俊太郎さん=2020年10月
仕事場の谷川俊太郎さん=2020年10月

 歌手の宇多田ヒカルさんがおととし、交流サイト(SNS)に投稿した一文が話題になった。2013年に自ら命を絶った母親(歌手の藤圭子さん)への心の有り様だ。<人が何を感じてどんな思いでいたか、行動の動機やその正当さなんて、本人以外にはわからない。わかりたいと思うのも、わからなくて苦しむのも他者のエゴ>。

 遺族を取材したことがある。多くが「守ってあげられなかった」と自分を責めていた。宇多田さんも当初は自責の念にかられたようだ。いつしか<自分を責めるのはまだ手放す準備ができていないから>だと学んだという。

 <「理解できないと受け入れられない」は勘違いで、「受け入れる」は理解しきれない事象に対してすること。理解できないと理解すること>。現状を認めたくない自分にとことん向き合い、母親を丸ごと受け止めた宇多田さんは<死に正しいも正しくないも自然も不自然もない>とも記した。

 思えば私たちは何事にも意味や理由を求め過ぎているのかもしれない。昨年死去した詩人の谷川俊太郎さんは、テレビ番組のインタビューで「意味よりも大事なものは存在するってこと、あるってこと」と話していた。

 3月は「自殺対策強化月間」。誰かの苦しみを完全に理解することは難しい。自分の心すら見えない時もある。だからこそ忘れがちな、ただ存在することの揺るぎない力を思い知る期間にしたい。(衣)