「宇宙流」と呼ばれる斬新な棋風で有名な囲碁の武宮正樹九段(74)はかつて、持ち時間9時間の対局で一手に5時間7分もかけた。楽しくて読みふけった末に放ったのは普通の手。だが早く打つのと大長考後とでは、同じ手でも深みは異なる。
先日、東京で米大リーグの公式戦があった。テレビ観戦しながら、投手は「宇宙流」のように楽しく投げているだろうか、と首をかしげた。大リーグは2年前に投球間の時間制限を設け、走者なしで15秒、ありなら18秒以内に投げないと1ボールが宣告される。米国では長い試合時間が不評で、短縮が目的だ。
とはいえ、投手は時計でなく打者と駆け引きし、納得と意思を込めて投げるべきなのに、せかされて投げるのでは同じ球でも違うはず。競技の妙味に関わる。日本はまだ大リーグほど時間にうるさくないので幸いだ。
他の新ルール効果と合わせ、大リーグの試合時間は前より28分短縮。総観客動員数も、時間対効果(タイパ)を重視するという若い世代のテレビ視聴者数も増えたという。試合が長いと思わず、適度に気を抜き観戦してきた身には複雑な心境だ。タイパの波がクラシック音楽の公演時間など他分野に及ばなければいいが。
野球では「らしさ」の喪失がもう一つ。名門ヤンキースの選手のあごひげ解禁だ。厳格な規則が嫌われ補強に支障を来したらしい。これも改革か。いとしの野球はどこに行く。(板)