米子空港で初となる旅客機のプラモデル展を開いた塚田亮太郎さん(左)たち=境港市佐斐神町
米子空港で初となる旅客機のプラモデル展を開いた塚田亮太郎さん(左)たち=境港市佐斐神町

 航空機プラモデル展が先週、米子空港であった。並んだのは旅客機数十機。出品した愛好家3人の20、50、70代という年代の差と、1日70人が来場した想定以上のにぎわいは、単なる交通手段を超えた飛行機の幅広い魅力の表れのようだった。

 出品者の一人、塚田亮太郎さん(28)は成田空港で航空機エンジンなどを受け持った元整備士。米子市への帰郷と転職で飛行機との距離は広がったが、楽しみ方はむしろ増えた。模型、写真、それに伝える楽しさ。今回も「子どもたちや初めての人に見てほしい」と準備し、出会いや感想の声に次への意欲をかき立てられていた。

 華のある飛行機の世界。とはいえ儲(もう)かる世界ではない。大型機で百億円規模、小型機でも数十億円の買い物で、耐用年数は大型機でも10年。需要の高い「ドル箱」路線で回したいが羽田空港は発着枠がない。

 にもかかわらず、新潟と札幌などを結ぶトキエア(新潟市)をはじめ地域航空会社の動きが続く。なぜか。

 「夢、ロマンがある」。昨秋、米子市内であった経済団体の勉強会で米子空港ビルの飯塚弘衛社長が「私だったらやらない」と冗談を言いつつ、そう答えた。一瞬あっけにとられたが、すっと何かが解けた。ジェイキャスエアウェイズ(大阪市)が「地域創生」を掲げて、関西国際-米子、富山間で目指す来春の新規就航まで1年。地方の夢と希望も乗せて飛び立つ日が待ち遠しい。(吉)