首相官邸に入る石破茂首相=7日午後4時55分
首相官邸に入る石破茂首相=7日午後4時55分

 「天命」という言葉には、人間の力ではいかんともしがたい「運命」や「宿命」という意味が込められている。田中角栄元首相は「首相は天命だ」と述べた上で、こう解説したそうだ。「大臣1回は誰でもなれる。2回なろうと思うと努力が必要だ。党三役になるにはよっぽど努力が必要だ。ただ、総理大臣だけは努力したからなれるものではない。それは天命だ」。

 石破茂首相が昨年9月の自民党総裁選を前に、政治家としての本懐や政策をまとめた著書『保守政治家-わが政策、わが天命』の中で、自らを政界に引き入れた「政治の師」の言葉を振り返っていた。

 それまで4度も総裁選で敗れただけに「天命」の重みは誰より身に染みていたはずだ。党内基盤が弱く「私なんかが首相になる時というのは、自民党がどうにもならない時」と語っていた石破氏に天命が下りたのは、派閥裏金事件などによる党への信頼失墜が要因だった。

 就任1年を前に石破首相が辞意を表明した。「政治とカネ」問題への対応は鈍く、衆参両院で少数与党に転落。党内融和に配慮するあまり“石破らしさ”を失い、天命が尽きたようだ。

 著書の末尾はこう結ばれている。「天命が下った時に能力が足りないという言い訳は許されない。国民が巻き添えになるようなことがあれば、これまでの政治生活が全部無意味なものになる」。期待が大きかっただけに、むなしさが残る。(健)