米マサチューセッツ州で、サマータイム終了を前に調整中の時計の針。時間は基本的に不可逆的に流れる(AP=共同)
米マサチューセッツ州で、サマータイム終了を前に調整中の時計の針。時間は基本的に不可逆的に流れる(AP=共同)

 割れたコップがいつしか元通りになったり、氷が溶けて水になった状態から自然に氷に戻ったりはしない。時間は基本的に不可逆的に流れ、同じ時間は二度と訪れない。過去から現在を経て未来にしか進まないと当たり前のように認識している。

 無理と分かっていても、時間にあらがいたくなる事故が起きた。兵庫県佐用町の住宅駐車場で今月、母親が運転する車に1歳の三男がはねられ死亡した。母親は長男を迎えに行って帰宅し、駐車中だった。「タイヤが乗り上げる感触がした」と話しているという。

 母の帰りを待ちわびていた三男は、喜びのあまり車に近づいたのだろうか。長男は大丈夫だろうか。何より、どんな対価を払ってでも時計の針を戻したい、と自らを責めさいなんでいるであろう母親をとがめる言葉が見つからない。

 6月には出雲市の保育園駐車場で1歳男児が別の保護者の車にはねられて亡くなった。人はどんなに注意しても過ちを犯すとの前提に立ち、全ての車に検知システム設置を義務付けるといった大胆な安全対策に踏み出す時かもしれない。

 時間は不可逆的だが、季節が春夏秋冬で巡り、日曜日の次は月曜日がやって来るように時間は繰り返すと捉えてきた。事故も残念ながら繰り返す。だが、リスクを減らす余地はあろう。保護者は子どもと手をつなぎ、運転者は発進前に周囲を確認する。まずはできるところから始めたい。(玉)