菅義偉首相が自民党総裁選への不出馬を表明し「ポスト菅」レースの行方は一気に流動化した。首相と岸田文雄前政調会長が軸になるとみられた構図が激変。首相支持を公言していた二階俊博幹事長ら有力者は新たな判断を迫られそうだ。各派閥の動きも活発化し、候補者が乱立する可能性もある。
「国民、党員にしっかり向き合って戦うことが大事だ。構図がどうあっても変わらない」。立候補を表明している岸田氏は3日午後、国会内で記者団に重ねて強調した。
岸田氏にとって首相の不出馬は大きな誤算だ。党役員の任期制限などの改革を打ち出し、首相や二階氏への不満の受け皿を狙っていたためだ。若手を中心に支持が広がっていただけに、岸田派幹部は「首相が出ないのは痛い」と顔を曇らせる。
新たに出馬に動きだしたのが、麻生派の河野太郎行政改革担当相だ。背景には、知名度の高い河野氏なら衆院選を乗り切れるとの中堅・若手の待望論がある。河野氏は3日午後、麻生太郎副総理兼財務相に「出たい」と伝えると、麻生氏は「決めるのはおまえだ」と答えたという。河野氏は無派閥の秋本真利衆院議員らに電話をかけ「総裁選に出ようと思っているので協力してほしい」と支援を求めた。
総裁選に過去4回挑戦した石破茂元幹事長はTBS番組で「状況は全く変わった。この土日によく考える」と説明した。関係者によると、石破氏は今回、見送りに傾いていたが、首相の不出馬を受けて再び立候補の可能性を検討し始めた。
高市早苗前総務相には保守派を中心に支持が広がる。ベテランは「保守層の支持を取り戻せる。初の女性首相の可能性もある」と期待を寄せる。高市氏は記者団に「新型コロナウイルス対策に取り組むために出馬を断念した首相に敬意を表する」とねぎらった上で、自身の立候補に重ねて意欲を見せた。
一度は断念を明言した下村博文政調会長も再検討に含みを持たせた。かねて出馬に意欲を見せている野田聖子幹事長代行も周辺に意欲を伝えた。
各派閥には戸惑いも広がる。最大派閥の細田派は国会内で幹部が協議し、他派閥の動向を見極めることを確認。竹下派会長代行の茂木敏充外相と事務総長の山口泰明選対委員長は会談で、一致して行動すると申し合わせた。二階氏が率いる二階派の幹部は「何も決めていない。顔触れがそろってからだ」と困惑気味だ。首相支持の石原派も振り出しに戻った。
言動に注目が集まるのが安倍晋三前首相だ。安倍氏は出身派閥の細田派を中心に強い影響力を持ち、その動向が勝敗を左右するキーパーソンと目されているためだ。安倍氏は、山口宇部空港で記者団から総裁選対応を問われたが、無言で迎えの車に乗り込んだ。
衆院選は10月末以降か
菅義偉首相の退陣意向表明により、衆院選の投開票は10月31日以降との見方が強まっている。その場合、日曜が慣例となっている投開票日の選択肢は五つとなる。衆院議員の任期満了は10月21日に迫る。公選法の規定により、最も遅い投開票は11月28日。新首相は政治日程や、与党に有利なタイミングを見極めながら判断するが、任期満了を超えての衆院選となれば異例の事態となる。
今月29日の自民党総裁選で選出された新総裁は、衆院選を取り仕切る幹事長など党役員人事を実施。10月上旬召集が想定される臨時国会での首相指名後、組閣や副大臣、政務官の人事に当たる。
組閣間もない衆院解散も可能だが、党閣僚経験者は「所信表明演説と代表質問は行うだろう」と予想する。新首相が国会で基本的な政治方針を示さず衆院解散・総選挙に踏み切れば、国会軽視との批判は必至だからだ。
所信表明や代表質問を実施すれば、国会会期は10月中旬までは必要とみられる。任期満了前の10月5日公示、17日投開票は不可能だ。12日公示、24日投開票も困難視され、19日公示、31日投開票が最も早い日程と見込まれる。ただ30、31日にはイタリア・ローマで20カ国・地域首脳会議(G20サミット)が予定される。
そのほかの投開票日は11月7、14、21日。最も遅いのは、国会を任期満了の10月21日まで開会し、その日に解散するケース。11月28日の投開票が可能だ。解散によらず、任期満了に伴う衆院選日程を閣議で決めることもできる。その場合、最も遅い投開票は11月14日。
仮に任期満了超えの衆院選となれば、現行憲法下で初。菅政権が新型コロナウイルスの感染拡大を抑えられず、衆院選のタイミングを計りきれなかったことに加え、自民党総裁選も重なったためで「憲政の常道に反する」結果となる。
補正予算審議に協力要請 国会召集で自民、立民会談
自民党の森山裕国対委員長は3日、立憲民主党の安住淳国対委員長と国会内で会談し、菅義偉首相が自民党総裁選に不出馬の意向を表明したことを伝えた。首相交代後に提出を想定する2021年度補正予算案や、22年度予算案の円滑な審議に協力を求めた。安住氏は「求心力を持たない内閣が1カ月近く続き、政治空白をつくることになるのは大変遺憾だ」と伝えた。
総裁選後には、新首相の指名選挙を実施するための臨時国会を召集する必要がある。会談後、森山氏は日程などについて「新総裁が決まるのを待って、野党と協議させていただくことになる」と記者団に述べた。
安住氏は記者団の取材に対し「衆院選日程も決まらない。無政府状態をつくっているのと同じだ」と批判した。