中国の故事に<烏(からす)に反哺(はんぽ)の孝あり>がある。「成長したカラスは親に口移しで食べ物を与える。カラスでさえ養育の恩返しをするのだから、人はもっと親孝行すべきだ」という教えだ。親孝行は儒教思想の表れで、伝来は1500年以上前とされる。明星大の勝又基教授(日本近世文学)が先月出版した『親孝行の日本史』によると、親孝行を功徳する考えは江戸時代に全盛となったとされる。5代将軍の徳川綱吉は、親孝行が顕著な孝子(こうし)の顕彰を推奨した▼病で伏せる親の代わりに重労働で生活を支える。両親の使う筵(むしろ)を前もって体で温め、親の足を自分の懐で冷えないようにするといった逸話が生まれ、文学や落語に影響を与えた▼明治時代に入ると、孝子は緑綬褒章の対象となった。昭和の軍国主義で忠義を親だけでなく体制にも求めたが、敗戦によって露骨な忠孝は古い考えという風潮が強まった▼とはいえ令和になっても親孝行は文化として残る。カラスのように同居して親孝行できる世帯は減った。親は地方、子は都会に住み、正月に子や孫が顔を見せに来るのが現代の数少ない親孝行として定着している▼コロナ禍だが、感染状況は小康状態で帰省するか否かの判断が難しい。第6波を前に自粛要請のない今がチャンスかもしれない。新株の出現で2週間先の状況は予想できない。今のうちに親と子が思いを交わすのも一つの孝行と考えたい。(釜)