「黒板五郎」「石山新次郎」。先月24日、88歳で亡くなった俳優の田中邦衛さんが、代表作やヒット映画で演じた役名である。黒板はテレビドラマ「北の国から」、石山は東宝映画「若大将シリーズ」でそれぞれ名乗った▼このうち石山新次郎は、石原慎太郎さん、石原裕次郎さん兄弟をもじったとされる。大学などを舞台とした若大将シリーズで、田中さんは主演の加山雄三さんを引き立てる脇役としてコミカルな三枚目に徹する▼ニックネームは青大将。お金持ちのどら息子の想定で若大将と張り合うが、横恋慕したマドンナには振られるわ、無線を使った試験のカンニングはばれるわなどの徹底したトホホ役が、石原兄弟のかっこ良さへの当てつけに思えてくる▼「青大将は捨ててください」-。20年以上続いた田中さん主演の長寿ドラマ「北の国から」の脚本を手掛けた倉本聰さんは、こう釘(くぎ)を刺したそうだ。金満家のどら息子が、北海道の大自然で幼い兄妹を育てる不器用で生真面目な父親に転じる▼真っすぐに生きようとするほど、現実との矛盾も露(あら)わになる葛藤とユーモアを演じて田中さんの味は誰もまねできなくなる。垂れ目で口をとがらせて話す様はあくが強い。そのあくの強さは善玉役で真剣さに乗り移って人々の心に染み入り、悪玉役ではどこか憎めない。「若大将に負けないぜ」と言い残して北の大地から天国に行ったのだろう。(前)