日本代表として北京五輪フィギュアスケート女子シングルスに出場する坂本花織選手
日本代表として北京五輪フィギュアスケート女子シングルスに出場する坂本花織選手

 4日、北京冬季五輪が開幕する。アイスホッケーやカーリング、スキージャンプなど一部の種目は3日から競技が始まる。日本選手の上位進出が期待され、テレビ中継やインターネット配信を楽しみにしている人は多いだろう。冬のオリンピックの華で注目が集まるフィギュアスケート男女シングルスについて、競技経験のある記者が技の種類やルール、観戦の楽しみ方を紹介する。
 前編では、フィギュアスケートの採点方法やスピンの種類を解説する。(Sデジ編集部・宍道香穂)

 後編:【動画あり】羽生結弦選手のジャンプ、どこがポイント? 観戦の楽しみ方を解説<下>

▷二つのプログラムの合計点で順位が決定
 フィギュアスケートのシングルスに出場する選手はショートプログラム(SP)とフリースケーティング(FS)、2種類の演技を披露し、合計得点の高さを競う。
 ショートプログラムとフリースケーティングの違いは演技時間の長さで、ショートプログラムが2分30秒~50秒、フリースケーティングが3分50秒~4分10秒。それぞれ演技中に組み込むことができる技の数が決まっていて、制限の中でいかに得点の高い技を組み込み、成功させるかが高得点の鍵になる。

 ショートプログラム、フリースケーティングと、舞台が2度に分けられているのはフィギュアスケートの特徴。初日に行われるショートプログラムでは、試合への緊張に加え、慣れないリンクでコンディションを整えることが難しい。フリースケーティングと比べて演技時間が短く、組み込める技も少ないため、ミスをした際にほかの技で得点をカバーできるチャンスも少ない。ショートプログラムで得点が伸び悩んだ選手がフリープログラムで高得点を出し、順位を大きく上げるといった劇的な展開もあり得る。

ソチ冬季五輪のフリーで演技する浅田真央選手=2014年2月

 代表例は2014年、ソチ五輪での浅田真央選手の試合展開。ジャンプでの失敗が相次ぎ、ショートプログラムの順位は16位。しかし、翌日のフリースケーティングでは本来の実力を発揮し、順位を6位にまで上げて入賞を果たした。

 フリースケーティングの演技終盤、リンクを大きく使いステップを踏む浅田選手の動きに合わせ、観客から手拍子が響く様子に胸を打たれたのを覚えている。世界を舞台に戦うプレッシャーに加えて、思うように実力を発揮できなかったショートプログラム。フリースケーティングに挑む前の精神状態は決して穏やかなものではなかったと思うが、それを振り払ったフリースケーティングでの力強い滑りは、観客や視聴者に大きな感動を与えた。フィギュアスケートのドラマ性がファンの胸を熱くしたオリンピックだった。

ソチ五輪で演技を終え、感極まった表情の浅田選手

▷主な得点要素は「技術点」と「演技構成点」
 主な得点要素は2種類。ジャンプやスピンといった技の出来栄えを評価する「技術点(テクニカル・ポイント)」と、スケーティング(滑走)のなめらかさや美しさ、楽曲解釈度の高さ、表現力の豊かさなどを評価する「演技構成点(プログラム・コンポーネンツ・スコア)」がある。

 技術点には、技ごとに「基礎点」と呼ばれる基準の点数があり、本番の演技での出来栄えにより、それぞれマイナス5点~5点の範囲内で減点、または加点される。例えば「ジャンプに十分な高さがあり、一連の動作がなめらか」「着地姿勢が安定していて美しい」と判断された場合は加点される。

 減点される例として多いのは、ジャンプの回転不足。例えば3回転ジャンプをする時、空中で2回転半しか回らず、残っている遠心力を使い、着地してから半回転すると「回転不足」と判定され、減点になる。着氷後に地面で回転する「グリッ」という音が聞こえるため、選手の間では、回転不足で着地することを「グリ降り」と呼ぶこともある。

 各競技者のプログラムの構成はあらかじめ決まっているが、本番では不測の事態が起きることも多い。選手は臨機応変に対応しなければならない。例えば「3連続のコンビネーションジャンプを跳ぶ予定だったが、1回目のジャンプで転倒してしまった」という場合、その後のいずれかのジャンプの内容をコンビネーションジャンプに変更し、得点が大きく下がるのを防ぐ。

▷スピンは演技中に3回まで

 

 スピンは「コンビネーションスピン」「フライングスピン」「ワンポジションスピン」の全3種類を演技に組み込むことができる。一つのスピンの中で異なる姿勢を組み合わせたり、足を上に持ち上げたりと、バリエーションをつけることで高得点を狙う。
 

 スピンを行う時の体勢はさまざまで、選手はそれぞれが得意な体勢を組み込んだり、独自の体勢を生み出したりする。基本的なスピンの体勢は、上半身を前に倒しながら片足を地面に対して平行に、後ろ側に上げて回転する「キャメルスピン」、片足を前に伸ばした状態でしゃがんで回転する「シットスピン」、上半身を上向きに反らせたり、横に傾けたりして回転する「レイバックスピン」などがある。

 

 難易度が高いバリエーションの一つは「キャンドルスピン」。ロシア代表として北京五輪に出場するカミラ・ワリエワ選手が得意とするスピンだ。片足を後ろ側から両手で持ち上げる「ビールマンスピン」の進化形で、ビールマンスピンはスケート靴の刃を持つのに対し、キャンドルスピンは足のすね辺りを持つ。足の開脚角度がビールマンスピンよりも広く、180度またはそれ以上になることもあり、回転時の姿勢がろうそく(キャンドル)のように見えることが名前の由来。スケート選手は体が軟らかい人が多いが、中でも飛び抜けた柔軟性をもつ選手にしかできないスピンだ。今回の五輪でも、ワリエワ選手のキャンドルスピンに注目したい。

2021年フィギュアGPロシア杯のフリーで演技するカミラ・ワリエワ選手=ソチ

 演技に組み込むことができるスピン3種類を、順に紹介する。

① コンビネーションスピン
 コンビネーションスピンは、複数の体勢を組み合わせるスピン。キャメルスピンやシットスピンのほか、途中で軸足を反対側の足に替えて回転したり、足を持ち上げたりと、一つのスピンの中にさまざまな体勢を組み込むことができる。

コンビネーションスピンのバリエーションの一例

 選手の演技では、プログラムの最後にコンビネーションスピンを組み込んでいるケースが多い。演技の残り時間に合わせてスピンの内容を調整しやすいことが理由と思われる。曲の終わりと演技の終わりをぴったりと合わせるために、残り時間が予定よりも多ければ回転数を増やしてより長い時間スピンをする、逆に残り時間が少なければ、得点に支障が出ない程度にスピンの内容をコンパクトにするなど、状況に応じて内容を調整しやすい。残り時間を計算しながらスピンの内容を調整する対応力も技術の一つだ。

② フライングスピン
 フライングスピンは、直前にその場で跳び上がってから回転を始める。キャメルスピンの直前に跳び上がる「フライングキャメルスピン」や、シットスピンの直前に跳び上がる「フライングシットスピン」が代表的。コンビネーションスピンのように異なる種類のスピンと組み合わせることはできないが、足をつかんで持ち上げたり、足を抱え込んだり、上半身をひねったりと、体勢に変化をつけることはできる。

フライングキャメルスピンのバリエーションの一例

 フライングスピンは、着地後にバランスを崩すと安定した姿勢でスピンを始められない。記者は着氷時に体勢を崩してスピンをすることができず無得点となった経験がある。体のバランスを保って着地を安定させ、完成度の高いスピンにつなげるための体幹の強さが求められる。

③ ワンポジションスピン
 ワンポジションスピンは、キャメルスピン、シットスピン、レイバックスピンなどから選んだ一つの姿勢で回転する。フライングスピンと同じく、異なる種類のスピンを組み合わせることはできないが、足を持ち上げたり、重心の位置をインサイドエッジとアウトサイドエッジとで切り替えたりと、バリエーションをつけることで加点を狙う。

レイバックスピンのバリエーションの一例

 トップ選手たちのスピンを見ていると、回り始めから終わりまで安定した姿勢を保つ筋力、高速で回転しても軸がぶれない体幹の強さに驚く。片足を後ろから手で持って上体を横に倒しながら回るスピンで、上から見ると体がドーナツのような形になる「ドーナツスピン」など、体の柔らかさが求められる体勢も多い。フィギュアスケートというと優雅な印象だが、ほかのスポーツと同じように、筋力、持久力、柔軟性などさまざまな身体能力を鍛える必要があるハードなスポーツだ。

 さまざまなバリエーションをつけて回転するスピンは華やかで、見ているだけでも楽しいが、選手がコンビネーションスピン、フライングスピン、ワンポジションスピンのどれを行っているのかが分かると、より面白い。「この選手は足を上に持ち上げて回転するスピンが得意そう」「この体勢を頻繁に取り入れているな」と、選手ごとのスピンの特徴を見つけてみるのも楽しそうだ。

 後編では、全部で6種類あるジャンプの紹介や、観戦を楽しむポイントを紹介する。

【動画あり】羽生結弦選手のジャンプ、どこがポイント? 観戦の楽しみ方を解説<下>