安来市柿谷町ののどかな自然に囲まれた「SHERIE CAFE(シェリーカフェ)」のオーナー、坂本裕喜さん(41)はプロボクサーを経て大阪市やタイで飲食店を経営した異色の経歴を持つ。様々な「世界」を見た坂本さんがなぜ現在、島根の田舎でカフェを切り盛りしているのか。本人に理由を尋ねた。(Sデジ編集部・吉野仁士)

 

 坂本さんは福岡県出身。17歳でプロボクサーになり、タイやフィリピンの選手が参加する東洋太平洋ランキングで最高10位になったことがある。あらためて坂本さんに経歴を聞くと、30歳でボクサーを引退した後は大阪市で飲食店と宿泊施設を複数経営、2017年にはタイでも飲食店を出店し、2019年に島根県に移住したという。

 経歴の中で明らかに島根県の部分だけ浮いているが、一体何があったのだろうか。坂本さん自身が「いろいろな縁があった」と言うように、さまざまな巡り合わせがあったそうだ。

「SHERIE CAFE」は今年3月に移転オープン。古民家を活用した味のある内装で、地元住民から人気だ

 

 ▼ボクシングでは体がもたず

 坂本さんによると、プロボクサーになったのは父親の影響。父親はボクシングを見るのが好きで、坂本さんは幼い頃、父親にグローブを渡されてしばしば半強制的にスパーリングをさせられた。興味を持ち、高校生の頃に通い始めたボクシングジムで楽しさに目覚めたという。

 生まれて初めて物事に夢中になり、毎日にようにジムに通ってひたすら練習に打ち込んだ。3カ月後には、反対した父親に内緒でプロ試験を受け、見事に合格。知り合いのつてで福岡県のジムから大阪府のジムに移って活動を続け、通算25戦14勝7敗4引き分けの戦績を残した。

プロボクサーだった頃の坂本裕喜さん(坂本さん提供)

 ただ、ボクシングにはけがが付きもの。「いつまでもできる職業じゃない」。体が持たず30歳を機に引退したという。高校在学時にプロになったため通常の会社で働いた経験がなく、大阪市内で新規オープンした飲食店で若者に交じって働くことにした。

 

 ▼悔しさばねに努力、魅力に気付く

 年下の同僚に年齢や仕事の成果をからかわれることがあったが、悔しさをばねに、ボクシングで培った根性で成績を上げた。

 坂本さんは「年齢が上な分、一生懸命やらないといけないと思った」と振り返る。がむしゃらに仕事に打ち込むうちに、自身が働く店の魅力を勉強して他人に紹介するという行為に興味がわき始めた。

 その後は別の飲食店のホールスタッフに替わり、接客や事務作業などを学んだ。熱心に働いたことで店長にまでなり、13年に独立。16年までに自分の店を市内に3店舗持つほどになった。

「仕事で成果を出すため、休憩も惜しんで仕事に打ち込んだ。他の誰よりも働いた自信がある」と飲食業時代の苦労を振り返る坂本さん

 海外観光客向けの宿泊施設を始めたのは仕事を通じて知り合った企業の社長からの勧め。関西への訪日客が増加しつつあった時期で、深く考えずに15年に施設を立ち上げたそうだが、多様な国の人との触れ合いは30歳までボクシング一筋だった坂本さんにとって、とても魅力的だったという。...