車やバスがつくる列があれば、青や緑の制服を着込んだ人たちの徒歩の行列もある。3交代制の出雲村田製作所(出雲市斐川町上直江)の朝の出勤時間。2千人を超える、地域ではなじみの光景だ。
積層セラミックコンデンサー製造を手がける村田製作所グループの主力生産拠点。1984年の操業開始から、パソコン、スマートフォン、自動車など、時代の先端を行く機器の需要増加とともに拡大してきた。
直接雇用だけで島根県内最大規模の4571人を抱え、うち約7割が出雲市在住。協力会社を通じてほかに、食堂の調理や清掃業務などで約3千人が働く。
▽松江の2倍以上に
出雲村田は合併前の旧斐川町の誘致企業。75年から5期20年、町長を務めた吉岡豊樹氏(故人)が基幹産業の農業に加え、若者が地元に残る、安定した雇用の場を確保するため取り組んだ誘致活動が実った。
旧町内ではほかにも、84年から97年までの間にパソコン製造の島根富士通、産業用ロボット製造のスター精機出雲工場、医療機器製造の島根島津の大手3社が相次いで進出。協力会社を除く従業員数は、3社合わせて約千人になる。
「ここまで雇用が増えるとは予想外。町長に先見の明があった」。旧町職員時代を振り返り、目を丸くするのはNPO法人ビジネスサポートひかわ事務局長の持田幹男さん(68)。NPOでは製造業を中心に地場中小企業を支援し、雇用を守る立場となった。
「人口17万人」の現在の出雲市は2011年10月、人口2万8337人(2011年9月末)の旧斐川町を編入合併して誕生した。
もともと旧市にも医療器具、自動車部品などを製造する従業員数百人規模の工場があった。その上で、合併後、19年度までに延べ37社が、工場の設備増強や新設とともに雇用を広げた。
19年の工業統計調査によると、製造業で出雲市内の4人以上の事業所で働く従事者は県内最多の1万4852人(296事業所)。松江市の6864人(235事業所)の2倍以上だ。
▽ずっと暮らしたい
「雇用の受け皿」として規模の大きい製造業の誘致はさらに「予想外」をもたらした。外国人の増加だ。出雲村田は1990年代初めから、人材派遣会社を通じてブラジル人を雇用し、現在約2200人が働く。
住民基本台帳に基づく2022年4月末現在の出雲市の人口17万4308人のうち、外国人はブラジル人を中心に4889人。12年(1828人)から18年(4908人)まで増え続け、その後もほぼ維持しているのは、安定した雇用の場があることが大きい。
ブラジル・サンパウロ州出身の日系ブラジル人、久保田・レアンドロ・マサルさん(37)は新型コロナウイルス禍でマッサージ師の仕事がなくなり、日本に働く場を求めた。昨年から出雲村田の製造現場に立つ。仕事に不満はなく給料もいい。近くに海があるのも気に入っている。
母国から妻(37)を迎え、20日から2人で暮らす。いずれ子どもを持ち、家もほしい。「出雲の人は受け入れてくれている。とても優しい。ずっとここで暮らしたい」と語る。
元は人材派遣という企業間のつながりから、単身で出稼ぎにやって来た人たちが、久保田さんのように家族を呼び寄せたり、新たな出会いから家庭を築いたりし、この地に根を下ろそうとしている。
こうした動きに応え、市は19年度からブラジル人の定住政策の一環で、異文化に理解を深める企業向けのセミナーを開催。市内の求人も、今や工場だけでなく、宿泊施設のフロントや衣料品店の販売スタッフなどに広がっている。暮らしを支える雇用の場の創出と多様化が、人を呼び、人口の「社会増」につながり街を活気づけている。
(月森かな子)