政府は閣議で、参院選の応援演説中に銃撃され死去した安倍晋三元首相の国葬を9月27日に行うと決めた。

 首相退任後も自民党の最大派閥の長として国政に影響力を発揮してきた安倍氏の無念さは察するにあまりあり、海外を含め元首相を悼む気持ちは共通している。改めて弔意を表したい。一方で、国内には首相時代の政権運営に批判的な声がある。宗教団体への怨恨(えんこん)が絡むとされる事件は未解明な部分が残る。

 そうした中での国葬に釈然としない思いを抱く国民も少なからずいるのは確かだ。国葬賛成派と反対派の間で新たな分断、対立を生まぬよう岸田文雄首相には国会質疑などで、判断の意義や根拠について説明を尽くしてもらいたい。

 国葬は全額国費で賄われ、戦後の首相経験者では1967年の吉田茂元首相以来2例目になる。

 安倍氏が更新するまで首相の連続在職期間が最長だった佐藤栄作元首相は、内閣、自民党、国民有志による「国民葬」で見送られた。大平正芳、中曽根康弘両元首相らは「内閣・自民党合同葬」だった。国民葬、合同葬であれば、国は費用の一部を拠出するにとどまる。

 安倍氏が凶弾に命を奪われたのは、参院選投開票を2日後に控えた今月8日。それから2週間で国葬実施が閣議決定された。岸田首相は事件から6日後には国葬にする意向を表明していた。

 この間に政府、自民党内でどのような議論があったか詳細は不明だ。安倍氏の功績評価のほかに、自民党内で一大勢力の保守派やその支持層への配慮はなかったか。国葬にする以上、政治的思惑はあってはならないことは当然だ。

 現行憲法下で、国葬の対象者や実施要領を明文化した法令はない。岸田首相は国の儀式を所掌するとした内閣府設置法があり、閣議決定で国葬の実施は可能とするが、恣意(しい)的運用の懸念は否定できない。

 立憲民主党は8月3日召集予定の臨時国会や閉会中審査で国葬を巡る質疑を求めている。自民党側は応じない構えだが、より多くの国民の賛同が欠かせない国葬には、国会で理解を得る努力が必要であろう。

 岸田首相は安倍氏を国葬で弔う理由について、憲政史上最長の8年8カ月にわたり「首相の重責」を担ったと強調。さらに「国際社会から極めて高い評価を受けている」などとした上で、「わが国は暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜く決意を示す」と訴えた。

 米上院が安倍氏をたたえる決議を全会一致で採択したことを考えれば首相の主張にはうなずけるところはある。ただ憲法解釈変更による集団的自衛権行使の一部容認は、米側には好都合だが、国内では異論が根強い。

 安倍氏の政権運営に対する泉健太立民代表の「格差拡大や国会での虚偽答弁など負の部分がある」という指摘も軽視はできまい。アベノミクスの弊害や森友・加計学園、桜を見る会問題がそれに該当し、政治的評価は分かれているのが実態といえる。

 一国のリーダーには「光と影」がつきまとう。安倍氏も同様で、国葬への疑念も不祥事などの「影」の部分から派生している。国葬を営むにしても、岸田首相は安倍政治を検証し改善することで、民主主義への信頼度が強まると自覚すべきだ。