手元に1冊の本がある。タイトルは『波佐文化協会五十周年記念誌 実践的生涯学習活動』。広島県境に近い浜田市金城町波佐で1972年8月、若者3人が人材育成を目的に立ち上げた民間団体の半世紀の活動記録だ▼西中国山地の麓の豪雪地帯であるこの地域は戦後しばらくの間、冬に広島などへ出稼ぎに出る人が多く、近所同士で助け合う「結い」の文化が廃れてしまうという危機感があった▼書道や手芸など趣味の教室だけではなく、全国から大学教授らを招き、生涯学習や哲学など「大人の生き方」に関わる講座を開いたのが特徴だ▼地域の文化的な懐の深さは、国道186号沿いにある金城歴史民俗資料館を訪ねると分かる。国の重要無形民俗文化財に指定された農具や山仕事の道具のほか、明治期に仏教界から社会を変えるためにチベットへの探検を試みた学僧・能海寛(ゆたか)、同時代に活躍した新劇の父・島村抱月の資料がある。資料館そのものは公立だが、資料の収集や展示、「史跡巡りウオーキング」などイベント開催は、協会や関連団体の長年の尽力なしでは考えられなかった▼「自分たちの町が住みよくなるためには、地域で生活する自分たちが自ら汗を流して取り組まねば、何もよくならない」。半世紀前に立ち上がった若者3人衆の一人で、協会会長の隅田正三さん(80)をはじめ、記念誌の編集委員7人の後書きに学ぶ点は多い。(万)