夏が終わり、秋に差し掛かる頃の山陰の海岸は、海水浴客でにぎわった光景との落差からか寂しさを帯びているように感じる。この時期に日本海を眺めていると「事件の季節が来た」と思う▼駆け出し記者として司法を担当していた1997年から98年にかけて、島根県内の漁港を舞台に相次いだ集団密入国事件の思い出が鮮烈に残っているからだ▼97年2月、10月、98年2月と、十六島(うっぷるい)(出雲市)、浜田、恵曇(松江市)で立て続けに発生。100人以上の外国人や、手引きした日本人らが摘発された。「(前には)成功したことがあった」との手引き役の供述から、人目につかない秋から冬にかけて狙われやすい地域であることが浮き彫りになった▼日本海を巡る事件で忘れてはならないのが、北朝鮮による日本人拉致事件だ。米子市の松本京子さんが29歳だった77年10月に連れ去られてから、今年で45年。71年9月にも、山陰から上陸した北朝鮮工作員が東京都内で摘発される事件が起こった。他にも表には出なかったが、海岸で工作員らしき人物と警察官の暗闘もあったと聞いた▼2002年に小泉純一郎首相(当時)が訪朝し、5人の被害者が帰国してから間もなく20年になる。松本さんの帰還を含む解決の兆しは見えない。デリケートな案件ゆえ、外交当局が努力しているかさえ分からない。人気がない海を見詰め、無事を祈るしかないのが口惜しい。(万)