気を付けて手の上で豆腐を切る。江戸時代には300種以上の豆腐料理が考案された
気を付けて手の上で豆腐を切る。江戸時代には300種以上の豆腐料理が考案された

 まず、だしと味噌(みそ)だけの味噌汁を作る。これに豆腐を入れる。次に包丁で細かく砕いた納豆を入れ、最後に千切りにした油揚げをてんこ盛りにする-。江戸時代の庶民のスタミナ食として歴史学者の磯田道史(みちふみ)さんが紹介していたメニューだ▼タンパク質が豊富で「畑の肉」と言われる大豆食品のオンパレード。いわば肉、肉、肉、肉の組み合わせで、おまけに味噌や納豆は体にいい発酵食品でもある。江戸の人たちは、具合が悪いときや疲れているときに朝晩一杯ずつ食べたそうだ▼さて、そろそろ豆腐の入った鍋物が恋しくなる時季を迎える。中国が起源とされる豆腐が日本で独自の発展を遂げ、庶民の間に広まったのは江戸時代から。1782年には大坂で出版された料理本『豆腐百珍』が江戸で人気を集め、その後、続編も2冊出版された▼この3冊で紹介された豆腐料理は計300品を超える。おなじみの冷や奴(やっこ)や湯豆腐、おでん、味噌汁だけでなく豆腐はさまざまな料理に使いやすい食材だったのだろう。ちなみに作家の谷崎潤一郎は最初の『豆腐百珍』の全品を食べてみたらしい▼意外だったのは歯科技術との関係。生活文化史学者の原田信男さんは著書の中で、入れ歯などの技術が進んでいなかった江戸時代、歯に優しい豆腐は都合のいい「老人食」でもあったと解説していた。味よし、栄養よしの豆腐は「長生きにもよし」だったようだ。(己)