机の上のパソコンとプリンターを除けば、キャンプにやって来たかのよう。ハンモック、ランタン、テントが並び、海が見える窓からの景色にも心が躍る、出雲市大社町日御碕の旧小学校校舎3階の一室。市の進出企業で、ITインフラ整備の八興システムズ(東京都)が、今年3月の進出直後から使用しているサテライトオフィスだ。
同市出身の社員から「地元で仕事がしたい」と希望があったのが進出のきっかけだった。熊沢隆之社長(44)は昨秋、下見で訪れ、密集した街の空気よりも海の風景が社風と合っていると思ったという。
日御碕のサテライトオフィスを活用しながら市街地に2階建てビルの一室を借りている。現在2人体制だが、来年度5人の新規採用を計画しており、「5年後に出雲で社屋を建てたい」と意気込む。
共同受注で対応
新型コロナウイルス禍がもたらしたデジタル化の加速は、働く場所や住む場所への社会の意識を変えた。東京に住まなくてもインターネットを使って仕事はできると分かった。
システム開発業務の場合、首都圏の技術者不足も背景に都市から地方へ外注される「ニアショア」が進む。島根県情報産業協会の調査で、県内に立地するソフト系IT企業の21年度の売上高が、過去最高(322億2200万円)となったのも、そうした動きを裏付ける。
全国の自治体がIT企業の誘致を目指し、働きやすさや住みやすさ、その土地の魅力に加え、助成金や税制優遇などをPRしている。県内でも競争がある中、どうやって選ばれるか。出雲市は密接な企業連携の仕組みで引きつける。
ソフトウエア、ウェブシステムなどの開発を手がける市内企業が15年、「チーム出雲オープンビジネス協議会」(会長・北村功島根情報処理センター社長)を設立。人員や技術の問題から個別では断っていた開発依頼に、共同受注で対応できるようになった。
個人事業主から社員100人以上の企業まで20社が加盟し、計約300人のエンジニアが在籍。得意分野を生かし、補い合う仕組みが定着している。17年に出先拠点「島根県開発センター」(今市町)を設けたケー・エス・イー(東京都)の景山守会長(68)は「進出の最大の決め手は連携体制」とし、「和気あいあいとした雰囲気で協力ができている」と満足げだ。
さまざまな業種を
地元企業の熱心な動きも見逃せない。ソフトウエア開発、デジタルマーケティングを手がけるイーグリッド(江田町)の小村淳浩社長(48)は自ら企業誘致に力を入れる。
都内の電機メーカー勤務を経て、10年に起業してから10年余り。企業誘致に取り組む理由を「IT企業に限らず、出雲にさまざまな業種を呼び込み、相乗効果を生みたい。アイデアを組み合わせることで新たなサービスができ、互いを高め合える」と語る。
昨年来、いずれも東京都内に本社がある取引先3社を誘致。このうち、7月から出雲市大社町に拠点を置く「One World Link(ワン ワールド リンク)」は投資や金融関連文書の翻訳やウェブ制作を専門としており、小村さんは出雲発海外向けのサービス展開を思い描く。
県などと連携し、高度なエンジニアを育てる研究拠点の開設も準備中。「『島根のエンジニアすごいよね』と言われるよう取り組んでいきたい」。そうしてまた人と企業を引きつける。 (黒沢悠太)