熱気が漂う室内。出雲市塩冶神前6丁目のトレーニングジムで器具に向かう利用者の顔は真っ赤だ。両手で持ったバーを胸まで一気に引くローイングマシンや、メディシンボールを壁にぶつけながらスクワットするウォールボール。ブラジルで主流というクロストレーニングが続く。
利用者の多くは市内在住のブラジル人。ジムは日系3世の斉藤サンドロさん(35)が昨年4月、「みんなのためのジム」としてオープンした。高校卒業後の2005年に来日し、父と兄がいる岐阜県で車の部品製造会社勤務。その後、ジムのトレーナーとして働いた経験を生かした。
「あまり大きな町ではないが、大好きな海がきれいで楽しそうだ」。出雲市内で美容院を営むブラジル人男性からジム開設の依頼を受け、20年秋に初めて訪れた出雲の印象だ。新しい町でたくさんの人たちが待っている。ジムを経営しながら快適に暮らせるイメージも広がった。
▼7年間で2千人
ブラジル人を含む外国人の市内の職場と言えば、製造業の大手企業だった。20年国勢調査で、15年調査からの市人口の伸びは、働き場を求める人たちの「受け皿」があったからだ。
住民基本台帳に基づく11月末時点の市在住の外国人4857人中、3503人がブラジル人。15年から約2千人増えた。永住希望者も多い。こうした状況を背景にした新たなニーズに応え、起業する人たちが出てきた。ジムや美容院のほか、飲食店、スーパーなどがある。
元製造業のルイス・カルロスさん(54)は2年前、出雲市平野町でブラジル料理を提供するステーキハウスを始めた。日本語が話せず集客には苦労するが、「いずれはテーブルや座席数を増やし、キッチンも広げたい」と夢を膨らませる。
▼地元企業も後押し
夢の形はさまざま。出雲市湖陵町板津にある、富士酒造(出雲市今市町)の焼酎工場では「全国初」の試みが始まっている。キャッサバ芋の焼酎造りだ。
タピオカの原料として知られるキャッサバ芋はブラジルの食卓に欠かせない食材。市内で栽培する日系2世の滝浪セルジオさん(68)が「日本人にブラジル野菜に興味を持ってほしい」と相談を持ちかけた。
滝浪さんは兵庫県などで製造業勤務、飲食店の経営、フードトラック販売を経験し、出雲市には15年ごろ、ブラジル料理の店を出すためにやって来た。
キャッサバ芋栽培は、職を失ったブラジル人を雇えるようにと、市内の耕作放棄地で始めて4年目。今季はいつもの3倍以上の6~7トンの収穫があった。知名度を高め、将来的に地元スーパーに並べてもらうためにも焼酎造りにかける思いは強い。
富士酒造の今岡稔晶専務(41)は夢に共感し、背中を押した。「初めてのことなので、どうなるか分からない」としつつ、「すっきりときれいで、飲みやすい焼酎になるのではないか」と期待する。
完成は来春以降。うまくできるのか、日本人の口に合うか。分からないことだらけだが、文化と文化を掛け合わせ、新しい文化を生み出す予感が、2人の胸を高鳴らせる。
(藤原康平)