昨秋の自民党総裁選で現首相の岸田文雄氏が選出された際、地元広島のテレビ局が行きつけの中華料理店の店主の声を拾っていた。「領収書を切られたことは一度もない」。いつも自腹で払うという意味で庶民派を印象づけた▼それもあって、岸田氏がアピールした自身の「聞く力」は、すんなり受け止められた。ただ、意思決定の過程で主義主張の違いを超え、さまざまな意見に耳を傾けるという「当たり前」のことが新鮮に思え、はっとした▼「民主主義への挑戦」。今年紙上で使った中で、最も考えさせられた言葉だ。参院選のさなかに起きた安倍晋三元首相銃撃は一面ではその通り。しかし、挑戦を受ける側の民主主義にしてみれば、もっと前から危機だった▼新型コロナウイルス禍のような緊急事態において、時間をかけて合意形成する「良さ」は見失われがち。各種選挙の投票率低下も悩みの種だ▼年の瀬を前に紙上ではしばしば「大転換」「歴史的転換」という言葉が躍った。一つが憲法に基づく「専守防衛」の理念。閣議決定された安保関連3文書に「反撃能力」保有が明記された。防衛費の大幅な増額の一部は国民負担の増税で賄うという。岸田氏は一昨日のテレビ番組で初めて増税前の衆院解散・総選挙に踏み切る考えを示した。この間「聞く耳」があったかどうか。いずれにせよ、民主主義からの挑戦を今度は受けて立つ番になる。(吉)