愛犬と戯れる畑正憲さん=2016年6月、北海道中標津町
愛犬と戯れる畑正憲さん=2016年6月、北海道中標津町

 6歳の頃、父親が満蒙開拓団の医師になることが決まり、当時住んでいた福岡・博多から満州(現中国東北部)へと家族で渡った。日課は便所のつらら割りという極寒での生活。小学校に上がった後のある夜、銃撃戦が始まった。それまで豪胆で怖いものなどないと粋がっていたが、掘りごたつの中でぶるぶる震えた▼「ムツゴロウ」の愛称で知られる作家畑正憲さんによる戦時中の回顧録。一昨年8月に企画「わたしの8・15~開戦80年の夏に」として本紙で掲載した。動物との交流を描くテレビ番組で有名になった穏やかな表情からは、想像もできない原体験に圧倒された▼畑さんが87歳で亡くなった。71歳で旅立った世界的な音楽家坂本龍一さんに続くビッグネームの訃報。活動のジャンルは違えど、2人に共通していたのは反戦を訴えたことだ▼冒頭の企画を、畑さんはこう締めくくっていた。「戦争の悲惨さは身に染みている。みんなが苦しさを辛抱し、明日に希望をつなぐというつらい経験をした。戦争は駄目。日本はあまり大きなことを望まず、今の生活を守っていくだけで十分だ」▼それに反するように岸田政権は、ウクライナ危機を背景に十分な熟議も行わず、防衛力の抜本的な強化を表明し、防衛関連予算の大幅増額を打ち出した。他国が戦意と捉えかねない政策の転換に畑さんは、あの穏やかな表情を険しくしていたのではないか。(健)