ある時期、囲碁のオンライン対局にはまり、相手に勝てば上がり、負ければ下がるレーティング(評価)の数値に一喜一憂した。好調時に連戦連勝し自己最高値を記録。その後は低空飛行が続き、毎日稽古しても思うように勝てなかった。数年ぶりに最高値を更新した時は泣けた。
そんな経験からか、市民水泳大会で久々に好記録が出たと喜ぶ高齢者を見るだけでうれしくなる。記録はただの数字ではなく競技への情熱や愛情、諦めずに努力を続ける意志を表す。
「タイムが出なかった8年間は自分の財産」という談話を読み、ぐっときた。8月の大会で2017年以来の9秒台(9秒99)を記録した陸上男子100メートルの桐生祥秀選手(29)。生活に支障を来すほどの右アキレス腱(けん)痛や病気に苦しみ、トラックから離れた時期もあった。五輪は2大会連続で個人での代表入りを逃し、悔しかったはず。でも諦めなかった。
運動担当記者だった頃、陸上は競泳と並び残酷な競技に映った。自己記録の悪い選手は取材対象としては見向きもされない。選手の個性や持ち味も考慮されない。思うに彼らにこそ競技に挑む動機を聞けばよかった。人生ではその方が大切な話だ。
13日に陸上世界選手権が東京で開幕する。桐生選手も6年ぶりに個人での代表入りを果たした。グラウンドの片隅で黙々と練習する無名の選手たちの姿を忘れず、世界の一流選手の戦いを見守りたい。(板)