木次乳業(雲南市木次町東日登)の創業者、佐藤忠吉(さとう・ちゅうきち)さんが2日午後4時40分、老衰のため雲南市内の施設で死去した。103歳。自宅は同市木次町宇谷1355。一般会葬は流れ焼香により5日午後0時半から同1時50分まで、同市三刀屋町下熊谷の雲南葬祭会館けいあいである。喪主は長男で木次乳業、奥出雲葡萄園の相談役の貞之(さだゆき)さん。木次乳業代表取締役佐藤毅史さんの祖父。
1955年から仲間と牛乳販売を始め、62年に木次乳業を創業、69年に社長に就任した。日本で初めて、低温殺菌したパスチャライズ牛乳の開発、販売を実現。有機農業や地産地消にも先駆的に取り組み、食を通じた地域おこしの拠点「食の杜(もり)」(雲南市木次町寺領)の99年の開設にも貢献した。
2008年に黄綬褒章、12年には雲南市名誉市民に選ばれた。17年4~9月には山陰中央新報紙上で佐藤氏の言葉を紹介する「忠吉語録・今を生きる道しるべ」が連載された。
訃報を受け雲南市の石飛厚志市長は「先進的な取り組みを通して、地域の食品産業や農業に対して多大な影響を与えた方だった。ご冥福をお祈りする」と話した。 (山本泰平)