言論の影響力は武器の力よりも勝ることを<ペンは剣よりも強し>という。恐らくそれを意識した言い方なのだろうが、<パンはペンよりも強し>の言葉が耳に残っている▼伊藤忠商事の社長や中国大使を務めた丹羽宇一郎さんが以前、テレビの対談番組で、キーワードとして使っていた。当時は、中国との関係について主義主張よりも経済重視で、という意味合いだったと思う▼実はこの言葉、パンを「自分や組織の損得」に、ペンを「理想や理念」に置き換えると、昨今の世の中をズバリ言い表している気がする。例えば、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い緊急事態宣言が出ても、「背に腹は代えられない」と酒類の提供自粛要請にあらがう飲食店には、自粛は「ペン」でしかないのだろう▼コロナ禍での開催を巡って反対論が今なお根強い東京五輪の問題も同様だ。国際オリンピック委員会(IOC)や、「安全・安心な大会」を繰り返す菅義偉首相にとっては、もはや五輪を開催すること自体が「パン」に映っているようにしか見えない。これでは酒類の提供を続ける店だけを責められない▼人間、窮地に追い込まれると、目先のパンに手が出やすい。ただ食べてしまうと、パンだけでなく大事な信頼も無くなる。一方、ペンがあれば夢や希望を描くことができる。「理想や理念」を掲げる五輪こそ、そのことに気付く機会であってほしい。(己)