10年前、同僚記者と2人で取材に駆け回った。原爆の悲惨さを描いた漫画『はだしのゲン』が松江市内の学校図書館から消えた問題だ。インターネットで拡散し、反応が増幅。全国を騒がせた。
一市民から誤った歴史認識を与えると撤去を求められた松江市教育委員会は当初拒んだが、市議会で同調する意見が出ると閲覧制限に傾いた。独断、密室で決め、描写が過激との理由で小中学校に、子どもが自由に見ることができなくするよう求めた。当時珍しかった「忖(そん)度(たく)」という言葉は今、当たり前になった。
今年再び騒動が起きた。広島市教委が被爆の実相に迫りにくいとの理由で平和教育の教材から削除した。ウクライナ、パレスチナで紛争が起き、海の向こうで多くの人が苦しむ一方、78年前に日本で起きた戦争が遠くなることを憂う。
10年前、記事を出すとネット上で誹謗(ひぼう)中傷を受けた。恐怖を感じ、自宅の玄関にゴルフクラブを置いた。デジタルタトゥーという言葉がある。ネット上に公開された情報が消せないまま残り続けることを意味する。匿名の人から攻撃を受け、自殺する人さえいる。
生きづらく、失敗が許されない社会になった。岸田政権の評価はさておき、交流サイト(SNS)で「増税メガネ」と一斉に揶揄(やゆ)する風潮は違和感も覚える。「自由」と「包容力」。時代が変わっても失ってはいけないものがあると思うのは自分だけだろうか。(添)