柿本人麻呂の遺髪を祭るとされる遺髪塚の敷地に自生する万両=益田市戸田町
柿本人麻呂の遺髪を祭るとされる遺髪塚の敷地に自生する万両=益田市戸田町

 本格的な受験シーズンに突入した。わらにもすがる思いの受験生も多いだろうが、島根には生誕地の伝承がある有名な「学問の神様」が2人存在した。西に柿本人麻呂、東に菅原道真。飛鳥時代に活躍した万葉歌人の人麻呂は戸田柿本神社がある益田市戸田町で、平安時代に名をはせた道真は松江市宍道町上来待の菅原の地で、それぞれ生まれたとされる▼先日、思い立って人麻呂を祭る戸田柿本神社に初めて参拝した。言い伝えでは、かつて大和に住んだ柿本氏が石見に下った際、氏に仕えた歴史や物語を口伝する「語部(かたりべ)」の綾部家も従い、後に両家の間に生まれたのが人麻呂だという▼十数キロにわたって砂浜が続く持石海岸沿いの国道から南に700メートル入ると神社に着く。穏やかな農村風景が広がり、とても雰囲気がよく、神社も土地も大切に守られてきたことが伝わった▼人麻呂の母方である綾部家は神社の宮司を代々務め、今の当主で50代目。神社近くにある人麻呂の遺髪を祭る遺髪塚に参拝すると、苔(こけ)に覆われた荘厳な場に目を引く、赤い実をたわわにつけた万両(まんりょう)に出迎えられた▼場内に10本程度自生しているという万両の花言葉は、言葉で祝う意の「寿(ことほ)ぎ」と、人に知られない善行を意味する「陰徳」。都に上がるまで、母から多くの物語や書物に残らない歴史を伝え聞いただろう人麻呂も、歌のみならず、多くの陰徳を重ねられたのではないか。(衣)