人知れず咲き誇る美しい花―。色鮮やかな挿絵が印象的な絵本「花さき山」
人知れず咲き誇る美しい花―。色鮮やかな挿絵が印象的な絵本「花さき山」

 「お彼岸を過ぎて少し過ごしやすくなりましたね」。取材先で交わしたあいさつに、「そう言えば」とうなずいた。窓を開けて寝ると明け方は寒いほど。米子市内から見える大山にかかる雲の“顔つき”も変わってきた▼秋彼岸は「秋分の日」を中日とする7日間。きょうで最後という日の夜に思いがけない電話があった。今は亡き恩人の家族からの着信。闘病中の見舞いも、訃報を聞いてからの弔問もできずにいた。スマホを耳に押し当て、つかの間在りし日をしのび、笑いながら泣き、泣きながら笑った▼彼岸といえば、あの赤い花、そしてある絵本を思い出す。斎藤隆介さん作、滝平二郎さん絵の『花さき山』(岩崎書店)だ。夢かうつつか人里離れた山中で咲き誇る一面の花。ヒガンバナとよく姿の似た、赤、青、黄の鮮やかな花は、麓の村の人たちが「やさしいことをひとつすると ひとつさく」▼10歳の子あやは貧しい家のことを考え、妹がねだった祭り着を自分はぐっと我慢。人はつらさをこらえ、自分のことより誰かのことを思い、花を咲かせる。時には涙のつゆを載せて-▼絵本の美しさが胸に染みる。読み返し、自省した。こんな気持ちでいられれば世界は優しい空気で満たされるだろう。かの人から受けた恩や励ましの言葉も胸で根付き、花を咲かせている。もし機会があっても面と向かっては照れくさくて、とても言えそうにはない。(吉)