「やっと、電話がなりました。ママからです。わたしたちの弟が生まれたのです。でも、ママの声は、ちっとも、うれしそうではありません。弟はふつうの子どもにはならないだろうというのです。障害児になるのだそうです。」
5人きょうだいの末っ子として生まれてきたトビアスは、ダウン症。両親は当初、トビアスを施設に入れようかと考えましたが、きょうだいたちは大反対。うちで一緒にいたいと言うのです。もしトビアスに手がかかるなら、「私たち」みんなで手伝うのが当たり前と考えています。
「わたしたちに、ふつうでない弟がいて よかったと思いました。トビアスのおかげで、わたしたちは、ふつうでない人といっしょにくらすことをおぼえるし、ふつうでないとはどういうことかが、わかるようになるからです。」
ダウン症は、偶発的な染色体の異常で出現する身体的発達の遅れ、知的障害、心臓の先天奇形などを伴う障害です。1866年に最初に報告したイギリス人のダウン博士の名前を取って、1965年から「ダウン症」と呼ばれています。人間は通常46本の染色体を持っていますが、そのうち21番目の染色体が通常より1本多い3本あることから「21トリソミー」とも呼ばれます。
ダウン症を含めたいくつかの病気や疾患についての「出生前診断」という言葉を耳にしたこともあるでしょう。特にダウン症は、従来の絨毛(じゅうもう)検査に比べてリスクが低く、精度が高いとされる母体血胎児染色体検査(NIPT)の登場で出生前診断が普及しています。
ダウン症当事者と家族の手記や動画はたくさんあります。このような命の選別につながるデリケートなテーマを考える際は、そんな生の声にもっともっと耳を傾けてほしいと願います。
このお話は出生前診断が確立するよりもずっと前の1975年、スウェーデンで、トビアスのお姉ちゃんが描いたたくさんの絵を基に母親が書いたものです。日本では78年に出版されました。長い時を経ても決して色あせず、ダウン症のある子どもが生まれた家庭の様子を中心に、障害のある人が社会でもっと生きやすくなるためにどうしたらいいかを、子どもにも大人にも考えさせてくれます。
作中の「私たち」とはトビアスの家族だけでなく、社会全体を意味すると捉えてもらえたらと思います。