「チーちゃんのくち」の表紙(わたなべえみ・文と絵、日本口唇口蓋裂協会・監修、日本口腔保健協会)

 一人っ子のチーちゃんは、いとこの小学生・ともみちゃんに憧れています。ともみちゃんみたいになるために、ご飯をいっぱい食べたり、髪の毛を二つ結びにしてみたり、同じ服を着てみたり…。でもある日チーちゃんは、ともみちゃんにはない、口のあたりにある「きずの あと」に気づいて、どきどきしてしまいます。

 物語では、チーちゃんがママのおなかの中にいた時から口や鼻、口の中がどのように形成されてきたのかを、分かりやすいイラストと共に、夢の中に出てくるお月さまが教えてくれます。

 上唇が裂けていることを口唇裂、口の中の天井部分(口蓋(こうがい))に裂け目があることを口蓋裂、どちらもある場合を口唇口蓋裂といいます。これらは、口の周りが後から裂けたものと勘違いしている人も多いようですが、それは間違いです。

 ヒトはもともと分離していた組織が胎内で形成されていく中で、後の口や鼻や口蓋になるのです。口唇裂や口蓋裂は、何らかの原因でこの形成プロセスがうまくいかなかったためになるのです。発生の原因は分かっていませんが、多くは環境要因と遺伝的要因の複雑な相互作用によって起こるものと考えられています。

 口唇裂や口蓋裂のある子どもは、見た目だけではなく、発音や食事などにも影響があるため手術を数回行います。それによって、一見すると口唇口蓋裂が分からないぐらいに目立たなくすることができます。

 お月さまは、チーちゃんに、こんなふうにも説明します。

 「あら、きずの あとなら ともみちゃんにも あるのよ。ほら、はなの したの まんなかが、すこし たてに へこんで いるでしょう? ここが、ともみちゃんの おくちの きずの あと」

 ともみちゃんだけでなく、パパにもママにも誰にでもある「きずの あと」。少し形が違うけどみんなにあることを聞いて、チーちゃんはニコニコ元気を取り戻します。

「チーちゃんのくち」の一場面(わたなべえみ・文と絵、日本口唇口蓋裂協会・監修、日本口腔保健協会)

 幼児期から学齢期は、口唇口蓋裂のような「見た目の違い」に気づいて「何? どうして?」と、大人に質問してくるものです。多くの場合、その気づきや素朴な質問自体に悪意はありません。そんなとき、周りの大人は、避けたり隠したりするのではなく、子どもの年齢や発達にふさわしい声かけや説明ができるといいですね。個々の違いを認め合い、共生していくことを目指すインクルーシブ社会のために、正しい理解が求められます。

 

  みずうち・とよかず  岡山市出身。3児の父。島根県立大人間文化学部臨床発達心理学研究室准教授、公認心理師。発達障害の子どもや家族の相談支援、乳幼児健診の心理相談員、ダウン症、自閉スペクトラム症などの当事者と家族団体の支援などに長く従事する。現在松江市を中心とした障害や病気のある若者当事者グループ「オロチぼたんの会」の活動を監修。著書に「身近なコトから理解する インクルーシブ社会の障害学入門ー出雲神話からSDGsまでー」。