黒川愼司さんの著作集「育もう人と大地」
黒川愼司さんの著作集「育もう人と大地」

 文章を書く際には気軽に使うものの、その意味ほどのことをしていない、と感じるのが「実践」という言葉だ。計画したことを実行に移す。単純であり難しい。

 「践」の意味合いは多様だ。『広漢和辞典』(大修館書店)によると「歩く」「足を地につける」「はだしになる」などとある。旧字体は足偏に、「武器」という意味も持つ「戈」を縦に二つ並べた格好。そうなると、実践というよりも「実戦」で、簡単ではないと重ねて思う。

 JA島根中央会などで組織づくりや広報を担当した黒川愼司さんの回顧録『育もう人と大地 島根青年農業まつり』を一読しての感想だ。「島根は農業県でありながら、全県民が収穫に感謝する場所がない」という提起に始まり、1977年8月6日に斐伊川河川敷で開催した「青年農業まつり」の準備のくだりは興味深い。

 2ヘクタールの敷地で背丈ほどの草地帯の草刈り、資金調達、県民に周知する通信の発行。農作業と並行していただろう準備作業は「実践」と言える。

 黒川さんは農業まつりの「軸」を決めるため、地域に伝わる“まつり”の意義について、仲間たちと激論を交わした様子も綴(つづ)っている。そこで出た「収穫感謝の裏側に、来年への期待や不安という要素がある。だから“まつり”は継承されてきた」という意見は、現代にも通じるはずだ。農業まつりから半世紀近く。新たな「実践」の取り組みが待ち遠しい。(万)