岩坪周辺を舞うホタル(資料)
岩坪周辺を舞うホタル(資料)

 陰々滅々とした気分になる梅雨の時季の数少ない野外での楽しみがホタル観賞だ。近年は川の環境を改善する住民団体などの努力が実り、車を道路端に止めて少し歩くと、暗闇の中に黄色にも緑にも、時には黄金色にも見える光が点々と見える。

 どこが名所かは人それぞれだろうが、ぜひ推したいのが、出雲市の天然記念物・岩坪の周辺だ。奈良時代の733年に編さんされた出雲国風土記には「滑盤石(なめしいわ)」と記されている。表面が非常に滑らかな岩の上を流れる水と流砂が甌穴(おうけつ)(鍋状の円形の穴)を形作り、オオクニヌシの妻・スセリヒメがそこで産湯を使ったという伝説は、理屈抜きに納得できる。

 そのような由緒ある渓谷をゲンジボタルが飛び交い、背後の雑木林ではヒメボタルの光が点滅する。地元のコミュニティセンターによると、間もなく見頃を迎えるという。

 ホタルが地球上に出現したのは約1億年前の白亜紀の頃というから、古代出雲の人たちも同じ光景を眺めていたのではないかと想像すると、ホタルだけでなく岩坪の浪々たる水の流れにも感動を覚えざるを得ない。

 種としては1億年と気の遠くなるほどの命をつないでいながら、成虫としての寿命は1週間から10日だという。淡々と光を放ち、消えていく。毎年のように「今年は暑すぎる」「コメがない」などと騒いで、都合の悪いことは忘れる人間社会と比べ、その潔さがまぶしく見える。(万)