90歳の祝賀式典に出席するダライ・ラマ14世(中央)=6日、インド・ダラムサラ(共同)
90歳の祝賀式典に出席するダライ・ラマ14世(中央)=6日、インド・ダラムサラ(共同)

 120年ほど前の明治期、学僧・能海寛(ゆたか)(浜田市金城町出身)は、地球最後の秘境と言われたチベットを探検中に消息を絶った。その時、34歳だった。漢訳を基にした仏典ではなく、サンスクリット語で書かれた原本をチベットに求めた。

 発祥地インドの仏教は滅んで既になくとも、隣のチベットなら何かがあるはず。準備に11年かけてサンスクリット、チベット、英、中国の4カ国語に仏教、登山術を学んだ。明晰(めいせき)な頭脳で探検中に入手した仏典はすぐ訳した。志半ばで終わったのは無念だったろう。

 能海は時代の犠牲者といえる。西欧列強が中央アジアで覇権を争い、鎖国するチベットは外国人を警戒。スパイ視されても不思議ではない。山、島の違いはあれど幕末の日本も似た境遇にあり想像しやすい。

 チベット仏教には最高指導者ダライ・ラマの没後、生まれ変わりを探す「輪廻(りんね)転生」制度がある。権力の私有を防ぎ、トップの質と結束を高めた。66年前に進駐した中国軍に僧侶が抵抗し、混乱する中、インドに亡命したダライ・ラマ14世が6日、90歳になった。次の15世も伝統の制度で選ぶと声明を出した。チベットを自治区とする中国も独自に擁立するのが濃厚で、対立は不可避の状況だ。

 同化政策を進める現代中国は、歴代王朝と比べても介入が露骨で性急。独特な文化は存続の危機にある。争いの先に、能海の夢見た「何か」が残るのだろうか。(板)