かつて高校野球界では超高校級選手のことを「怪物」と呼んだが、近年はこの称号を安易に使いづらくなった。理由は大谷翔平選手の存在。怪物は架空の生き物だからこそ、将来をあれこれ妄想して夢を託せたのだが、最高峰の米大リーグで本塁打王を獲得する日本人が現出しては、怪物という言葉は消えゆくしかない。いい意味でファンタジーが失われた。
「天才」の称号も危うい。血のにじむような努力をする選手をこの一言で済ませては失礼だが、競技の本質を変えるような選手は、怪物とも天才とも呼ばれないものだ。
大リーグで年間の個人本塁打数が10本なら強打者という時代に60本と量産したベーブ・ルースは柵越えを“野球の華”に変えた。約半世紀前にオランダ代表だったヨハン・クライフはトータルフットボールという戦術を体現し、現代サッカーの礎を築いた。さらには巨漢力士隆盛の中、速攻相撲で大横綱になった千代の富士。彼らは怪物でも天才でもなく「偉大」だ。
テニスの錦織圭選手は2014年の全米オープンで準優勝し、頂点をうかがわせた。ゴルフ界では松山英樹選手が21年のマスターズを制覇。怪物の“生息域”が狭まるのはうれしい。
注目はボクシングのヘビー級だ。日本人世界王者の誕生はいつか。四角いジャングルは幾多の「怪物」が出現し、「天才」ムハマド・アリが一時代を築いた依然として未開の地である。(板)