2001年9月12日付の本紙1面には、一部の地域で「明窓」欄が載っていない。日本時間の前夜遅く起きた米中枢同時テロの記事を少しでも多く入れようと締め切り時間の遅い版で外したからだ。テレビが伝える映像は、それだけ衝撃的だった。正解だったのかどうか―。当時その判断に関わった者としての苦い思い出だ▼ニューヨークで2棟の高層ビルに旅客機が相次いで突っ込み、ビルが崩れ落ちる様子に世界が震撼(しんかん)した事件から今日で20年。首謀者とされ、10年前に米特殊部隊に殺害されたテロ組織アルカイダの指導者ビンラディン容疑者の名前はその時の紙面に載っている。「3週間前、前例のない攻撃を仕掛けると語っていた」と▼この事件を契機にそれまでの国と国ではなく、「テロとの戦い」の名の下に国と個人や集団が戦う「非対称型戦争」が本格化。市民や公的施設などを標的にした「何でもあり」のテロが頻発する▼米国は事件後、容疑者をかくまったとしてアフガニスタンを攻撃し、旧タリバン政権を崩壊させた。しかし米国が8月末で駐留軍をアフガンから撤退させると、再びイスラム主義組織タリバンが暫定政権の樹立を発表。その過程で自爆テロも起きた▼「武力によって敵を制する者は、その半ばを制するにすぎない」という。軍事力に頼る解決では「失われた20年」になりかねないことをアフガンの教訓は示している。(己)