春分の日が近づくと思い出す「名医」がいる。17年前、連休の前日に体調を崩した。体温は40度まで上がり、親戚が通う医院にかかった。高齢の医師は、ひととおりの診察をすると「季節性の感冒(インフルエンザ)だね、ゆっくり休養して」と退室を促した▼当時、駆け出しの記者で1人暮らし。仕事を休みたくない旨を伝え、注射をせがむと「栄養を取って、温かくして休めば治る」。懇願して解熱剤だけは処方してもらったが、注射と薬で一発で治してもらうとの腹づもりは崩れた▼持病や既往症がなく、若い健康体に過剰な医療は不要と診た老医師の潔さに、熱でボーっとした頭ながらも納得した。以来、ちょっとした不調や発熱で薬に頼ることはなくなった。職務怠慢と捉える人もいるだろうが、症状を無理に抑え込むのではなく、備わる治癒力を発揮する機会を与えてくれた名医だったと思っている▼鬼籍に入られたが、かの老医師は、どう判断しただろう。5~11歳を対象にした新型コロナウイルスワクチン接種。保護者が迷うのは、厚生労働省が子どもへの予防効果が不明として「努力義務」にしなかったからだろう▼日本小児科学会も健康な子どもへの接種は「メリットとデメリットを本人と保護者が理解することが必要」と、はっきりしない。世界で初めて実用化したワクチンを素人が判断できるはずはなく、納得できる言葉がほしい。(衣)