中村元(はじめ)さん(1912~99年)は松江市出身の世界的な仏教学者で、分かりやすい言葉を用いてブッダの教えを伝えた。思いを受け継ぎ、2015年11月から本紙1面に掲載するのが「中村元 慈しみの心」だ。弟子を自認する方々が執筆を担う▼大根島(松江市八束町)にある中村元記念館の創立10周年と本紙創刊140周年を記念し最初の1年分が本になった。冒頭には「一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ」で始まるブッダの言葉。中村さんが原始仏典を訳し「慈しみ」と題を付けた。世界平和を願う言葉でもある▼出版を機に大根島を訪ねた。「慈しみ」の言葉を刻んだ石碑が、島で最も高い大塚山公園にある。眼下には陽光を受けた中海が輝く。その先に大山が見える。平和そのものの風景があった▼近くの市八束支所内にある記念館では、在りし日の中村さんが「世界が一つになるとき、異質的なものに対する理解と寛容が絶対に必要」と語る映像が繰り返し流れていた▼ウクライナの惨状を知るとき、これらの言葉の意義を再認識すると同時に無力感にさいなまれるが、ページを繰りながら良寛の歌<濁る世を澄めともよばず わがなりに 澄まして見する 谷川の水>に引かれた。解説は「せめて自分だけは悪にそまることなく、清らかに生きていきたい」と記す。改めて本で読み、心に深くとどめた。(輔)