10年近く前、東京・永田町の国会議員の事務所でベテラン秘書が問いかけていた。「ところで皆さん方はどうやって上京されたのですか」と。JRの路線維持を求めて要望に訪れた島根県内の首長たちはその場で苦笑いを浮かべ、答えに窮していた。飛行機と車を利用していたからだ▼運行本数が少なく、家や職場から駅までの交通手段を探す必要がある鉄道より、好きな時間に好きな場所へ行ける車が断然便利だ。長距離であれば空路の方が早く到着できる。それを多忙な首長も実感しているのだろう。鉄道で移動する姿をほとんど見かけないし、公共交通の利用促進がテーマの会合にも平然と車で駆けつける▼JR西日本が11日、ローカル線の区間別収支を初めて公表した。赤字額が最も大きかったのは山陰線の出雲市-益田の34億5千万円。木次線の出雲横田-備後落合は100円の収入を得るのに6596円の費用がかかると示した。鉄道を使わぬ首長が「乗って残そう」と呼びかけても無理があろう▼かといって、軽々に存廃や減便を議論すべきではない。水道や電気と同じように、車を持たない住民にとってはライフラインであり、太平洋側で大災害が起きれば山陰側の鉄路が大動脈になる▼この先、乗客数や収益性を物差しに論じてもローカル線の展望は開けない。有事の備えや地方のあり方をどう考えるかという国土政策の視点が欲しい。(文)