写真や図もない活字のみの紙面。発行は毎日ではなく隔日だったようだ。ささやかな構えの社屋で、どんな新聞を志したか。本紙の前身に当たる山陰新聞のお披露目は1882(明治15)年。遥(はる)か昔を知る由もなく、当時のおぼろげな姿は社史に頼った▼おかげさまで本紙はきょう、区切りとなる創刊140年を迎えた。当コラムは1948年に始まった。長くなったが100年にも及ばない。本紙の歴史は周囲の支えの上に紡がれた。140年の歴史の重みをしみじみ実感する。感謝、感謝だ▼晴れやかな気分でこの日を迎えたかったが、世相がそれを許してくれない。感染拡大傾向から脱却できないコロナ禍、開始からはや2カ月たったウクライナ侵攻も終結が見えない。避難民の苦悩は身につまされる。プーチン大統領に近者への敬意はないのか▼足元ではなお、東京一極集中が進行。地方の存在意義は揺らいでいるが、その潜在能力を存分に駆使して、輝く未来に導く処方箋はいくつもあるはずだ。勝負はこれから▼本紙は、そんな未来の創出へ向けて統一テーマ「未来をつくる140」を掲げた。紙面を通じ、山陰を一層盛り上げていくつもりだ。数字は1部売り価格でなく140周年を掛けた。強引ではあるが、「one for all(1人は全員のために)」の「1(ワン)4(フォー)0(オール)」と読む。100年先に向け力を合わせよう。(健)