香港行政長官選挙が行われ、民主派弾圧を指揮してきた警察出身の李家超前政務官(64)が当選した。李氏は中国政府に承認された唯一の候補で、ほとんどが親中派の選挙委員(定数1500)の投票総数1428票の99%以上の信任を得た。
李氏は香港返還25周年を迎える7月1日、返還後5人目の行政長官に就任する。警察出身の長官は初めてで、任期は5年。李氏は就任後、中国政府の指示通り、香港への統制を維持、強化するとみられている。
中国は2020年に香港国家安全維持法(国安法)を制定して民主派を弾圧し始め、昨年は「愛国者による香港統治」を狙う選挙制度変更を行った。新制度下初の主要選挙の結果が今回で出そろい、民主派を排除する政治体制改造が完了した。
中国が返還時に国際公約した香港の「一国二制度」「高度の自治」は失われ、中国の強権的な香港統治が恒常化することになった。しかし、2年間で「自由と民主主義」を奪われた住民の不満は大きい。
香港の行政当局は中央の言いなりにならず、逆に住民の声を中央の政策に反映する努力をしてほしい。中国は香港の世論に耳を傾け、民主派への弾圧を停止し、普通選挙制への移行など政治の民主化を進めるべきだ。
国際社会は香港住民を支持し、中国との人権対話を通じて香港民主化を粘り強く働きかけたい。
19年、香港では大規模な民主化要求・反中国デモが発生し、区議会(地方議会)選挙で民主派が圧勝した。香港の離反に危機感を強めた中国は統制を強化。昨年、香港立法会(議会)は選挙制度見直し条例を可決した。
旧東欧・ソ連圏の民主化によって米欧が勢力を広げており、ロシアは自国の主権が危ういとみてウクライナに侵攻した。中国も米欧の香港民主化支援を警戒し、武力ではなく国安法や政治体制改造で「防衛」を図った。
昨年12月、新制度下初の立法会(定数90)選挙で民主派はゼロとなり、直接選挙枠(同20)の最終投票率は30・2%と過去最低を記録した。有権者の統制強化への反発が見て取れる。
李氏は当選後の記者会見で「香港破壊を狙う多くの勢力がまだ潜伏している」として国家安全条例制定を進める方針を示した。香港基本法(憲法に相当)は同条例を制定するよう規定しているが、民主派の反対でこれまで実現していなかった。
条例には国安法にはない「国家機密の窃取」や「国家への反逆」などへの処罰も含まれる。制定されれば、香港の民主状況がさらに悪化するのは確実であり、市民にとって大きな不安材料だ。国際社会は条例制定の動きを注視する必要がある。
中国の香港マカオ事務弁公室は行政長官選挙の後「暴動の制圧と国安法を施行する過程で役割を果たした」と保安局長だった李氏の実績をたたえ、「愛国者による香港統治」が制度的に成功したと自賛した。
4月、松野博一官房長官は行政長官選挙に関して「香港の自由で開かれた体制が維持され、民主的、安定的に発展していくことが重要だ」と述べた。岸田文雄首相はドイツのショルツ首相らとの会談で、香港の人権状況に強い懸念を示した。今後、日本政府として香港の自由と民主主義のために何ができるのか、真剣に考えたい。