見頃を迎えた荒神谷史跡公園の古代ハス=出雲市斐川町神庭
見頃を迎えた荒神谷史跡公園の古代ハス=出雲市斐川町神庭

 例年より早く梅雨が明けた山陰地方。出雲市斐川町の荒神谷史跡公園では古代ハス(大賀ハス)が見頃を迎えた▼岡山県出身の植物学者・大賀一郎(1883~1965年)が1951年、千葉・検見川の2千年以上前の地層で種を採掘し、奇跡的に花を咲かせた。全国に種が配られ、約5千株が植わっている荒神谷へも大田市を通じて贈られた▼毎年、花を見ると思い出す物語がある。古代ハスの発見から34年前の17年、大賀博士は南満州鉄道会社の教育研究所員として中国・大連に赴任。普蘭店という郊外の田舎町で、「300年前」とされるハスの種子を見つける。このことが、帰国した後ハス研究に打ち込むきっかけの一つとなった。「実に偶然のことでございました」と自ら振り返っている(『大賀一郎 ハスと共に六十年』)▼その種子が出てきた土地に住んでいた名士が、明治期に来日し、陸軍大学校で中国語を教えていた劉雨田(1870~1951年)。戦時中には「雨田号」という戦闘機を日本軍に献上するほど、終始日本のために活動した。終戦後の中国で毛沢東が率いる共産党が覇権を握り、彼が迎えた結末は推して知るべしで「漢奸(売国奴)」という評価が専らだ▼名誉回復は無理だろうが、ハスを平和の象徴として国際親善に尽くした大賀博士のキャリアの土台に、一人の中国人の献身があったことは記憶しておきたい。(万)