「癌と共に生きる会」を会長としてけん引した佐藤均さん=2005年5月
「癌と共に生きる会」を会長としてけん引した佐藤均さん=2005年5月

 報道カメラマンだった故佐藤均さんの命日の6月28日前後に、生前の仲間たちが出雲市内の自宅に集まって思い出や近況を語り合う会が、昨年の十七回忌を超え、今回で一区切りつけることになった。がんと闘い、56歳で亡くなった佐藤さんの遺影は、会うたびに若くなるよう。年月を感じる▼一人の患者として話を聞かせてもらうようになり、患者、家族でつくる「癌(がん)と共に生きる会」という全国組織の会長として医療の地域格差や患者の立場の弱さを訴え、国を動かす過程を目の当たりにした。当事者の迫力と持ち前の行動力に圧倒されながら、何とか食らい付いていく取材だった▼新型コロナウイルス禍の中で使われる「ウィズコロナ」も広く言えば同じ意味合いなのだろうが、あらためて会の名にある「共に生きる」の言葉に、覚悟を感じる▼妻愛子さんが8年前まで自宅近くで開いたがんサロンで、「がん患者心得」が書かれた冊子をよく目にした。「がんを受け入れよう」「がんになる前にがん保険に入ろう」「情報は開示させよう」など10カ条の知恵だ▼その一つに「あなたはひとりではない」がある。医師や看護師はもちろん、家族、友人、仲間がいる。命日の集いも、身をもって道を開いてきた佐藤さんの教えだったのかもしれない。一区切りだと言っているのに「次いつ集まる」と言い出しそうな佐藤さんの顔を、皆で思い浮かべた。(吉)