日本武道館で行われた安倍晋三元首相の国葬=27日午後、東京都千代田区(代表撮影)
日本武道館で行われた安倍晋三元首相の国葬=27日午後、東京都千代田区(代表撮影)

 若い頃、文庫本8冊に収録された『小説吉田学校』(戸川猪佐武(いさむ)著)を熱心に読んだ時期がある。戦後の吉田茂内閣から鈴木善幸内閣までの保守政党内の権力闘争を描いた実録政治小説で、吉田の門下生といわれた池田勇人、佐藤栄作両元首相らが実名で登場する。文庫本になったのは1980~81年のこと▼作家の松本清張が『史観・宰相論』で吉田茂を<維新政府の大久保(利通)を彷彿(ほうふつ)させるものがある>と高く評価したのも、同じ年数が経過した80年で、吉田の国葬から13年後、首相退任からは26年後になる。政治家の評価がある程度定まってくるには、一定の年月がかかるのだろう▼賛否が分かれ、抗議集会やデモも行われる中、安倍晋三元首相の国葬が昨日、営まれた。首相経験者の国葬は吉田に次いで戦後2人目。葬儀委員長を務める岸田文雄首相ら約4200人が参列。テレビの多くが生中継した▼国葬を巡っては、サンフランシスコ平和条約の締結をはじめ、戦後日本のレールを敷いた吉田の場合でさえ異論が予想され、当時の佐藤首相は野党に根回ししてまで理解を求めたという。岸田首相からはそんな熱意も慎重さも感じられなかった▼凶弾に倒れたことや在任期間が最長だったにせよ、安倍氏に対しては、さまざまな見方がある。ならば国葬という形にこだわるよりも、誰もが静かにお別れが言える機会にできなかったのかと思う。(己)