どんな場面でも冷静沈着に、感情に揺れることなく堂々と振る舞わねばならない-。監督に本来求められる力量かもしれない▼東京五輪で柔道全日本男子を率いた井上康生元監督は代表内定選手を発表した際、落選した選手の名前を挙げて涙を見せた。選ばれなかった者のつらさと、選ぶ者の苦しみ。後日のインタビューで「一番苦しかったのは選手たち。自分だけ苦しんでいるみたいな姿を見せたことが恥ずかしい。監督としてあってはならない行為だった」と反省していた。責める人がどこにいただろう▼この人はどんな表情を見せるのか、とテレビ画面に見入った。サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会に出場する代表26人を発表した森保一監督。その両目は充血し、涙をこらえているようにも、秘めた覚悟にも映った▼もともと涙もろい人なのだろう。最終予選で試合前の国歌斉唱に感極まり、目にあふれんばかりの涙を浮かべたこともあった。選手時代に「ドーハの悲劇」を経験し、W杯への思いと日の丸を背負う責任感は人一倍強い。会見では「日本代表の誇り」を何度も口にした▼メンバー発表を終え、未到の8強以上に挑む今の心境を聞かれ、答えたのは四字熟語の「行雲流水(こううんりゅうすい)」(雲や水の流れのように自然の成り行きに身を任せる)。戦いを終えた時、目から自然と流れ出るのは悔し涙でなく、力を出し切った勝者の涙であれ。(史)