将棋の初段の免状をもらった後、思わぬ事態を経験した。対局で負けると、相手が「初段の君に勝ったんだから僕は2段だね」と言い始める。以前は伸び伸び指せたが、段の重みを考え始めると難しい▼大関になった途端に取り口が手堅くなり、荒々しさや野性味を失うお相撲さんがいる。「負けられない」「地位にふさわしい相撲を」と考え、慎重になった結果と思うと合点がいく▼この構図はマスクの着脱を巡る議論に似ていると思う。政府が先日、着用を個人の判断に委ねるとする新指針をまとめた。国際水準に追い付くためにも緩和を急ぎたい。一方、脱マスクについて世論は慎重で、支持率低迷の折、やり過ぎは批判を招く▼実際、世論は「大事を取りたい」と〝石橋をたたいて渡る式〟のようだ。新型コロナウイルスの「5類」移行が示された際も、個人的に各方面から思いの外慎重な意見が多く寄せられ、驚いた。随分長く不自由な生活を強いられたので、もう十分ではないのか、と思っていたのだが…▼コロナ禍以前に戻ろうとする社会の動きを眺めると、約100年前に大流行したスペイン風邪が歴史の片隅に埋もれ、半ば忘れられていたのも分かる。賛成、反対で小論争を繰り返し地道に元通りになるが、同一局面や既視感はいつまでも進展しない将棋の千日手を見ているようで代わり映えしない。惨禍を後に伝える方法が難しい。(板)