山陰では端午の節句を1カ月遅れの旧暦で行うことが多い。団子を作って祝うが、出雲地方では笹(ささ)にくるんだ「ちまき(笹巻き)」が一般的。食卓に並び始めた家庭も多いだろう▼わが家の笹巻き作りは家族総出だった。父が笹の若葉を取りに出掛け、祖母が一枚一枚そろえていく。母も加わり、笹の茎に団子を刺し、4、5枚の葉を使って独特の巻き方で丁寧に包む。ゆでている最中、母が作った団子だけが笹から飛び出るところまでがお約束だった▼笹巻き文化は、中国・戦国時代の楚国の高名な詩人、屈原(くつげん)の悲劇に由来する。長江中流域を支配する楚の王族として誕生し、役人として手腕を発揮するも、才能を恨んだ同僚の告げ口により追放される。復帰したものの、国を思っての発言が王に無視され再び左遷。昨年テレビドラマで注目を集めた、あの銀行員の顔が思い浮かんだ▼ただ、世を憂えた屈原は石を抱えて現在の湖南省にある汨羅江(べきらこう)に身を投げた。命日は5月5日。哀れんだ楚国の人たちは米が入った竹筒を汨羅江に投げ入れて慰めたという。これがちまきと端午の節句の経緯とされる▼「史記」では詩を引きながら、才能にあふれる清廉潔白な人物として描かれ、暗愚な王とねたむ同僚がより際立つ。あの銀行員のように「倍返し」できないのは2千年前から続く世の常なのか。笹巻きを頬張りながら、憂愁幽思した屈原に思いをはせる。(目)