倫理学の入門書に悩ましい例題がある。10人の重病患者がいるのに特効薬が1人分しかない。何を基準に誰に与えるのかという問いだ。平等に10等分すると誰も救えない。くじ引きにすれば、患者の中に犯罪者がいても当たる可能性がある。しかし「最大多数の最大幸福」を目指すなら、平等でなくても誰かを選ばないといけない▼想定される基準は(1)社会的貢献度(2)自由競争(一番高額を出す人)(3)道徳的に救済すべき人(4)高い効果が期待できる人-など。(1)(2)で選べば政治家や著名人か金持ち、(3)なら社会的弱者、(4)なら体力のある若い人が優先される。さてどう考えるか▼この基準、首長らの「抜け駆け」が論議を呼んだ新型コロナワクチンの接種順はもちろん、船の沈没など危険が迫った際の避難順にも当てはまる。中でも最高責任者を先にすべきか、後回しにするのかは論議の分かれるところだ。心情的には、約50年前の船員法改正までは、船長が船を離れるのは最後とされたような理念も分からなくはない▼北欧にはホームレスなど社会的弱者の接種を優先した国もあると聞く。何を基準に、どんな人を優先するのかは、その国次第。絶大な力か信頼か。リーダーに、そのどちらかがあれば順番を真っ先にしても異論は出ないだろう▼今秋までには衆院選がある。国のありようを映す「優先順位」こそ、実は国政選挙の隠れた争点でもある。(己)