お金を出して買い求める肥料を「金肥」と呼ぶ。新田開発が進んだ江戸時代、今ではほとんど使われなくなったものが主流だった。原料は魚。江戸や大坂などの問屋を経由、生産地から全国の農地に〝回遊〟していた。
売買されたのはイワシを干した「干鰯(ほしか)」、ゆでて締め固めた「〆粕(しめかす)」。後期にはニシンなどが加わった。海と密接な関係にある世界的にも珍しい有機農業が展開されていた。おせち料理の「ごまめ」を「田作り」と言うのもその名残だ。
江戸の前、鎌倉や室町の時代は、牛馬が排せつしたふん尿と敷かれた草、わらを使った「厩(きゅう)肥(ひ)」、草を...