島根の文化財保護行政は今や、機能不全に陥っていないだろうか。出雲市斐川町に広がる大社基地遺跡群の話だ▼遺跡を残すのは現実には非常に難しい。発掘調査の結果、ほとんどが壊される。それでも大切な歴史を知る手掛かりになるものや、かけがえのない貴重なものが行政による調整の結果、何とか残される▼大社基地遺跡群は1945年に本土決戦をにらんで造られた広大な軍事施設跡。主滑走路跡をはじめ、飛行機を格納する掩体(えんたい)、爆弾庫、魚雷庫の遺構が残る。基地施設に転用された出西国民学校に至っては当時の校舎が今も立つ。遺跡を壊すか残すかは、きちんと調査をしなければ誰も判断できない▼しかし、保護行政を担う肝心の出雲市や島根県教育委員会は何もしていないに等しい。主滑走路跡を国から民間会社が買い取り、行政との調整が必要になってから、そろそろ5カ月たつというのに▼文化財はド素人の筆者に、そのいろはを教えてくれたのは、1990年代に取材で出会った島根県教委の職員たちだ。当時の出雲市は今よりずっと少ない担当者たちが大小の開発に伴う発掘を地道に進め、昔の出雲の実像を少しずつ明らかにしていた。だからこそ、今の体たらくがやるせない。どこかの教育長のように戦争遺跡を「文化財と捉えるか、判断基準について考えていくところから始める」などという寝言は誰からも聞かなかった。(示)