藤田威さんが紹介されている『浜田市の人物読本 ふるさとの50人』(浜田市教育委員会提供)と『花森安治選集2』
藤田威さんが紹介されている『浜田市の人物読本 ふるさとの50人』(浜田市教育委員会提供)と『花森安治選集2』

 高峰秀子さん主演で1961年公開の映画『名もなく貧しく美しく』。耳の聞こえない夫婦の愛の物語で、高峰さんの夫の松山善三さんが自らの脚本で初めて監督した作品だ▼そんな古い映画を持ち出したのは、浜田市の家族がモデルだったと知ったから。一家は映画公開の3年前に、雑誌『暮(くら)しの手帖(てちょう)』に取り上げられた。創刊者の花森安治さんが取材、執筆した企画「ある日本人の暮し」の中の一編。兵庫県から移り住んだろう者の夫婦が健聴者の娘2人を育てる日々が、妻の一人称で語られている。『花森安治選集2』で読んだ▼聞こえないがゆえの苦労や支え合い。モノクロ写真と共につづられた日常は、つつましく温かい。「ひとなみに、明るく、たのしく、生きてゆこうとする親子4人が、ここにもいることを知って頂けたらうれしいのです」と結ばれている。この記事を松山監督が目にし、暮らしぶりを尋ねる手紙が続いた▼夫の藤田威(たけし)さんは浜田ろう学校の美術教師で、卒業生の就労の世話にも汗をかくなど、ろうあ者の環境改善に尽くした。本格的に画業に取り組もうとした矢先の1972年に、55歳で急逝。妻の孝子さんは夫の遺志を継いで島根県ろうあ連盟会長を務め、2年前に98歳で亡くなった▼小欄で紹介するため、つてをたどって長女の山口みどりさんに連絡した。「周囲に助けられ、精いっぱい生きていた両親だった」という。(衣)