「きいちゃん」の書影、山元加津子 絵・多田順(アリス館)

 主人公のきいちゃんは、今でいう肢体不自由特別支援学校に、隣の寄宿舎から通っている養護学校(特別支援学校)高等部の生徒です。小さい頃に高熱が出たことで、手足にまひがあり、車いすを使って生活しています。

 きいちゃんはお姉さんの結婚が決まり、自分も結婚式に出ることをとても楽しみにしていましたが、お母さんは、きいちゃんが結婚式に出て周囲の視線で嫌な思いをしたらかわいそうだと、出席させるか、ちゅうちょします。それを知ったきいちゃんは、深く傷ついてしまいます。そんなきいちゃんがお姉さんを思ってしてあげたこととは? 結婚式への参加は、果たしてどうなるのでしょうか。

 小学6年生の国語の教科書に掲載されていたこともあり、ご存じの方も多いでしょう。この物語はきいちゃんの担任の先生、つまり作者の視点で語られます。作者の山元加津子さんは、特別支援学校で長らく先生をしていた人で、実体験を基に書いたそうです。
 
「きいちゃん」の一場面

 皆さんは、障害のある人のきょうだいの交際や結婚において、このお話のような障壁(バリアー)は今はなくなり、昔のことだと思うでしょうか。

 物語では、結婚式できいちゃんを見た参列者が、ヒソヒソ声で話をします。家族に障害のある人がいる人の結婚にまつわる「社会の側にある心のバリアー」が描かれています。出版は1999年。もともとのエピソードはそれより前の出来事でしょう。したがって皆さんは、このような心無いことは20年以上も昔の話だと思うのではないでしょうか。

 内閣府は1958年からおおむね5年ごとに、一般成人を対象として「人権擁護に関する世論調査」を実施しています。最新の調査は2022年に行われました。

 その調査に、障害者に関して体験したことや、身の回りで見聞きしたことで、人権問題だと思ったことはどんなことか、複数選択で答える項目がありました。回答は「職場、学校などで嫌がらせやいじめを受けること」を挙げた人の割合が43・3%、「じろじろ見られたり、避けられたりすること」が40・7%などと続きました。詳しい結果は内閣府のホームページを調べてみてくださいね。

 きいちゃんの物語とも重なる「交際や結婚を反対されること」は19・0%でした。17年の前回調査は「結婚問題で周囲の反対を受けること」と、尋ねる内容が少し違うものの26・7%でした。単純比較はできませんが、心のバリアーの除去が少しは進んでいると捉えていいのでしょうか?私はこの結果を見た当事者と家族が傷つくことのないよう、0%になることを願います。

 絵本には「きいちゃんはきいちゃんとして生まれ、きいちゃんとして生きてきました。そしてこれからもきいちゃんとして生きていくのです。もし、名前をかくしたり、かくれたりしなければならなかったら、きいちゃんの生活はどんなにさびしいものになったでしょうか」とあります。障害のある人の生活のしやすさは、障害当事者ではなく、間違いなく社会の側の「心のバリアー」のあり方に、大きく依存するのです。

 

みずうち・とよかず 岡山市出身。3児の父。島根県立大人間文化学部臨床発達心理学研究室准教授、公認心理師。発達障害の子どもや家族の相談支援、乳幼児健診の心理相談員、ダウン症、自閉スペクトラム症などの当事者と家族団体の支援などに長く従事する。現在松江市を中心とした障害や病気のある若者当事者グループ「オロチぼたんの会」の活動を監修。著書に「身近なコトから理解する インクルーシブ社会の障害学入門ー出雲神話からSDGsまでー」。