「まよなかのたんじょうかい」の表紙(西本鶏介/作、渡辺有一/絵、鈴木出版)
「まよなかのたんじょうかい」の表紙(西本鶏介/作、渡辺有一/絵、鈴木出版)

 さきちゃんのお母さんはタクシー運転手として、朝早くから夜遅くまで忙しく働いています。今日は、さきちゃんが待ちに待った6歳の誕生日。お母さんは会社に頼み込んで、この日の夜は特別に勤務を外してもらいました。ところが、遠くの街にお客さまを送った帰り道、道端で倒れている人を見つけ、その人のために病院を探すことに…。

 そんな事情を知らないさきちゃんは、自宅でおばあちゃんと一緒にお母さんの帰りを待っています。テーブルにはすでにおばあちゃんが作ったごちそうが並んでいます。さきちゃんはぽつりとつぶやきます。「やくそくしたのに……」。果たして、お母さんは誕生会に間に合うのでしょうか。

 さきちゃんの家族は、おばあちゃんとお母さん、さきちゃんの3人暮らし。お父さんは、さきちゃんが小さな頃に病気で亡くなりました。

 現代では、家庭の形はさまざまです。離婚や死別、未婚といった事情で両親がそろわない家庭もあれば、ステップファミリーや、多様な性のあり方に基づく家族も増えてきました。

 「でも さみしいと おもったことは ありません。おばあちゃんも おかあさんも さきちゃんを かわいがってくれるからです」とあるように、この物語からは、思いやりに満ちた家族の絆を想像させてくれます。

 さきちゃんのような定型発達の子どもであれば、幼児期後半にもなると、他者の立場や感情を理解するようになります。しかし、自閉スペクトラム症のある子どもは、そうしたことの発達が遅れたり偏ったりすることがあります。

 私が関わる自閉スペクトラム症のお子さんの中に、家族や友人の誕生日を全て暗記して、必ず心のこもったメッセージカードを贈る子がいます。いろいろなエピソードをうかがうに、その子の家庭は家族全員が互いを深く思いやる温かい家庭。だからこそ、その子も「自分が誰かに思われるとうれしい。その分、自分も誰かを思いやりたい」という気持ちを身につけているのでしょう。誕生日は、そんな日々の思いを形にして祝う、特別な日です。

 冬は寒さと相まって、家族や恋人など大切な人と過ごす時間が増える季節。この絵本は「大切な人と一緒に生きている」という、当たり前だけれどとても大切なことに改めて気づく、きっかけをくれる一冊です。

 

 みずうち・とよかず  岡山市出身。3児の父。島根県立大人間文化学部臨床発達心理学研究室准教授、公認心理師。発達障害の子どもや家族の相談支援、乳幼児健診の心理相談員、ダウン症、自閉スペクトラム症などの当事者と家族団体の支援などに長く従事する。現在松江市を中心とした障害や病気のある若者当事者グループ「オロチぼたんの会」の活動を監修。著書に「身近なコトから理解する インクルーシブ社会の障害学入門ー出雲神話からSDGsまでー」。