「アルマの名前がながいわけ」の表紙(フアナ・マルティネスーニール・作、宇野和美・訳、ゴブリン書房)
「アルマの名前がながいわけ」の表紙(フアナ・マルティネスーニール・作、宇野和美・訳、ゴブリン書房)

 「アルマの名前をぜーんぶ書くと、アルマ・ソフィア・エンペランサ・ホセ・プーラ・カンデラ。ながすぎです。」

 アルマは名前を書くときに、いつも枠からはみ出してしまいます。なぜこんなに名前が長いのかと父親に尋ねると、父親は「どれにもひとつひとつ、ものがたりがあるんだよ」と、由来を一つ一つ語り始めます。

 作者の出身地・ペルーでは、長い名前は珍しくありません。スペイン語圏の命名文化の影響で、フルネームには個人の名前に加えて父方と母方の姓が含まれ、フルネームが長くなる傾向があります。アルマもおじいさんやおばあさん、ひいおばあさん、大おばさんの名前を由来に持つことで、家族の物語や歴史をその名に刻んでいるのです。

「アルマの名前がながいわけ」の一場面(フアナ・マルティネスーニール・作、宇野和美・訳、ゴブリン書房)


 最後にアルマが「アルマはどこからきたの?」と尋ねると、父親はこう答えます。「アルマは、パパがおまえのためにえらんだ、とっておきの名前さ。うちの家族で、おまえがさいしょのアルマだ。アルマのものがたりは、これからおまえがつくっていくんだよ。」

 名前は一人に一つあり、個人の存在やアイデンティティーを象徴する重要な要素。識別のためのラベルを超えた意味を持ち、人間の社会的な関係性や文化的背景、価値観を反映します。

 日本の教育現場では小学校の授業や「2分の1成人式」といった活動を通じ、名前の由来を振り返ることがあります。子どもたちが自分の存在を見つめ直し、成長を振り返る機会になりますが、家庭環境が多様化する現代では、名前の由来をたどることがつらい経験となる場合もあります。

 里親家庭で育つ子や保護者との離別や死別を経験した子などは、複雑な感情を伴う場合があるからです。教師や支援者は配慮深く関わることが求められます。

 障害のある子の発達相談でも、名前に込めた親の夢が話題になることがあります。ある父親は「高校球児だったので、子どもとキャッチボールをしたくて、この名前をつけた。しかし、障害児として生まれ、その夢がかなわない」と涙ながらに語りました。

 私はその思いに寄り添いつつ、「ゴムまりを転がし合うところから始めませんか」と提案しました。そして、親子がいつまでも楽しそうにボール転がしでキャッチボールをする姿を見たとき、名前に込めた夢が新しい形でかなったように感じました。

 この絵本が、親子で名前を語らうきっかけになるかもしれません。配慮は必要ですが、子どもが名前に込められた願いを深く理解して、自分自身の存在意義や未来を考えることは、成長につながると思います。

 

 みずうち・とよかず  岡山市出身。3児の父。島根県立大人間文化学部臨床発達心理学研究室准教授、公認心理師。発達障害の子どもや家族の相談支援、乳幼児健診の心理相談員、ダウン症、自閉スペクトラム症などの当事者と家族団体の支援などに長く従事する。現在松江市を中心とした障害や病気のある若者当事者グループ「オロチぼたんの会」の活動を監修。著書に「身近なコトから理解する インクルーシブ社会の障害学入門ー出雲神話からSDGsまでー」。